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楽団員の部屋

インタビュー 西馬 美奈子(2ndヴァイオリン副首席奏者)
2024-04-26
一楽器を始めたのはいつだったんですか。
私は7歳からなんです。オーケストラの演奏会でピアノ協奏曲を聴いたことを憶えているんですが、そこでヴァイオリンが気になって、その日のうちに「やりたい!」と言い出しました。親はピアノを習わせたかったようなのですが.・・。最初に探した先生には「遅い」と断られました。次に連絡した先生が「自分から言ったのは面白いね」と言ってくださり、それが運命の出会いでした。「ヴァイオリンだけやっても面白くない」と先生はおっしゃって、私は選手コースで水泳もやっていたので、朝練で泳いで、学校に行って、また泳いで、さらに楽器を練習するというのが平日の日課でした。6年生で水泳はやめましたけど、ヴァイオリンは続けました。
水泳をやっていたから体力がつきましたね。

ーヴァイオリン奏者になりたいと思ったのは?
小学校6年生の文集に「オーケストラに入りたい」って書いてるんです。必ず土曜日に合奏があって、それが楽しみでした。アンサンブルが好きというのは今も変わらないですね。中学校に入って地元のコンクールには出ていましたが、友達と遊ぶのも好きだし、中学生らしい生活を送っていたと思います。高校に入って、少しずつ音大に行きたいと考え始めていた頃、夏に鹿児島で開かれている霧島音楽祭に、初めて地元を離れて参加したんです。そこで出会った音楽家を目指す同世代の仲間に刺激を受けました。ただ、それが高3の夏だったので。

ーそれでどうしたんですか?
最初の受験はダメだったんですけど、まずは勉強という生活を続けて一年後に北海道教育大学に入学しました。大学1年生の時に日本演奏連盟主催の札幌交響楽団と共演ができるシリーズに合格したんです。高関健さんの指揮でラヴェルの(ツィガーヌ)を弾きました。怖いもの知らずで団員募集のオーディションを受けたこともあって、札響にもエキストラで呼んでいただける機会につながりました。また、PMF(パシフィック・ミュージック・フェスティバル札幌)にも参加して、とても良い環境で学べたと思います。

一大学卒業後は何を?
卒業する時にPAC(兵庫芸術文化センター管弦楽団)のオーディションを受けて合格しました。それで関西に来ることになったんです。コンサートマスターの横で弾くフォアシュピーラーのオーディションに合格して(プルトの中で)前で弾きたいっていう欲求が出てきました。ゲスト・プレイヤーが出演されない演奏会でコンサートマスターができる機会もいただくことができ、大きな経験を積み重ねることになります。PACに3年いて、その後レジデント・プレイヤーを続けたんですが、京都市交響楽団で休団の方の替わりとなる契約団員を9ヵ月務めて、また新たな環境に身を置くことになりました。

ーそして大阪交響楽団への入団となったのですね。副首席奏者の仕事って何でしょうか。
2015年に大阪交響楽団に入団が決まって、初めてのオーケストラでしたが、最初に演奏した時のことは緊張しすぎて憶えていません。副首席というのは座っている場所からもそうなんですが、2ndがやっていることを首席の米川さやかさんのサポートをしつつ、チェロやヴィオラに伝えるということだと思っています。とても難しくて、日々反省しています。

ーヴァイオリンのほかに熱中していることはありますか?
今は子育てが大変で、演奏以外では子どものことにかかりっきりです。体を動かすことが好きなので、子どもと外で遊ぶのはとても楽しいです。もし生まれ変わったとしたら、助産師さんにも憧れますね。人を助け、癒しを与えることができる仕事ってすばらしいと思うんです。音楽もそうですね。
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