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2021年度 名曲コンサート 曲目解説

 
 
第118回名曲コンサート   8月29日(日)
横山 奏
酒井 有彩

 
哀愁のスラヴの調べ
 
2021年8月29日(日)
昼の部 13時30分/夜の部 17時00分 開演
 
※当初出演を予定しておりましたソリスト、アンドレイ・ググニン氏は、新型コロナウイルス感染症に関わる入国制限により、来日困難となりました。代わりまして酒井有彩氏が出演いたします。
なお、曲目等に変更はございません。
 
セルゲイ・ラフマニノフ(1873-1943)
ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調 作品18
 
 太宰文学風に言えば、19世紀末帝政ロシアにおける〝斜陽〟の貴族の出であったラフマニノフ。そのラフマニノフがモスクワの精神科医ダーリ博士の元を訪れたのは1900年1月、26歳のことだった。当時、晩年の文豪トルストイと面会し新作の歌曲「運命」(ベートーヴェンの交響曲第5番に寄せて)を披露するも不興を買うなど、ラフマニノフは親類筋が気に病むほどの無気力状態に。ピアノと作曲を学んだモスクワ音楽院を最優秀で卒業の後、若き意欲作として完成した交響曲第1番のペテルブルグ初演(1897年)は大酷評。それから、ようやく作曲の意欲を取り戻しつつあった矢先のことだった。ロンドン・フィルハーモニック協会の依頼による新作ピアノ協奏曲(第2番)の作曲もままならず、ダーリ博士はその作曲の自信を回復させるべく約3カ月間の催眠療法を試みる。後にラフマニノフは「治療は本当に助けになった」と語ったように、1900年秋にはピアノ協奏曲の第2、3楽章を、翌年初頭には残る第1楽章を完成。作品はダーリ博士に献呈され、同年秋のモスクワ初演は見事大成功を収めた。
 ピアノ独奏によるロシア正教会の鐘を思わす響きに始まるこの作品には、宿命的な悲運やスランプからの脱却を図ろうとするかのような〝暗から明〟への音楽的構図や、宗教的素材を通じたラフマニノフの復活的、再起的な思索が読み取れる。
 例えば憂愁たる第1楽章。その第1主題(譜例1-A)や第2主題(譜例2-B)に、“死”を象徴するグレゴリオ聖歌の「ディエス・イレ(怒りの日)」(譜例3-A、B)との関連性が見い出せるのがまずキー・ポイントだ。
 第2楽章は実にノスタルジックな緩徐楽章。初恋の反映ととれる1891年作の「6手によるピアノのためのロマンス」の冒頭部を引用するなど、ナイーヴな抒情性が際立つ。
 これに続くロンド形式風の第3楽章のスケルツォ(イタリア語で冗談、悪戯の意)的要素をもつ主要主題(譜例4-C)は、ラフマニノフが1893年に作曲したロシア正教会の典礼文による混声合唱曲「たゆまず祈る生神女(聖母)」(譜例5-C)からの引用だ(この譜例5の旋律も「ディエス・イレ」との関連が認められる)。テキストは生神女就寝祭の朝課で歌われる賛歌、つまり生神女マリアの永眠(死)に関わるものであり、ここに〝死〟の象徴たる「怒りの日」との照応性をもたせようとしたラフマニノフの意図がくっきりと浮かび上がってくる。この主要主題に導かれて現れる副主題は、ポピュラー・ソング「Full Moon and Empty Arms」としてシナトラも歌ったロマンティックな名旋律。この甘美な副主題は、生神女マリアの死と関わる主要主題と交替を重ねつつ、楽章の大詰めに至って〝死〟を乗り越えた再起の如くオーケストラによって情熱的に奏でられ、それに協和するようにピアノが歓喜の鐘を思わす力強い和音を打ち鳴らす。この人生肯定的な輝かしい響き、これこそラフマニノフが作品に込めた自身のスランプからの復活の証そのものであるに違いない。
 
 
作曲年代 1900~01年
初  演 1901年11月9日(ロシア旧暦10月27日)、作曲者独奏、アレクサンドル・ジロティ指揮、モスクワ・フィルハーモニー協会の演奏会
楽器編成
独奏ピアノ、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、大太鼓、シンバル、弦5部
 
 
 
アントニン・ドヴォルザーク(1841-1904)
交響曲 第8番 ト長調 作品88
 
 ボヘミア出身の作曲家として国際的名声を確立するなど、正に脂が乗り切っていた48歳のドヴォルザークは、1889年12月ウィーンにて皇帝フランツ・ヨーゼフ1世に謁見、その半年前の6月に授与された「オーストリア三等鉄王冠章」の謝辞を表した。この幸福に包まれた年の夏から秋にかけ、プラハ近郊の田園的なヴィソカー村の別荘などで集中的に作曲されたのが交響曲第8番(全4楽章)だ。ドヴォルザークはこの作曲の翌年、フランツ・ヨーゼフ1世創設の「チェコ科学・文学・芸術アカデミー」の会員に選ばれ、その感謝の意を直筆譜の表紙に記している。
 鳥の声などの音楽的描写性が顕著なこの交響曲は、〝自然交響曲〟と称されるほどにドヴォルザークのボヘミアへの純粋な郷土愛に溢れた作品だ。しかもこの作品には、ワーグナー影響下の初期のオペラ「アルフレート」をはじめ、チェコの民族的英雄フスを題材にした劇的序曲「フス教徒」、自伝とも言われる交響詩「英雄の歌」など、若き頃より度々試みられてきた苦悩を経た〝英雄〟というテーマも重ねられている。前述のように、この交響曲にはハプスブルグ帝国の政治的な混乱の中においても芸術文化を幅広く庇護したフランツ・ヨーゼフ1世との所縁が浅からずあり、また作曲と同じ年、皇太子のルドルフが自ら命を絶つ(以後美貌の皇妃エリザベートは喪服を身に纏った)など、公私ともに幾多の苦難を経た皇帝の身世がこの作品のインスピレーションの1つとなったであろうことは決して想像に難くない。
 第1楽章はチェロなどにより奏でられる悲歌風の第1主題に始まり、続いてフルートに現れる小鳥の声のような明朗な音型が鮮やかな対比を形作る。まるで憂える心と天啓的な自然との交感のようでもあり、これにより音楽は俄然活気を見せてゆくも、逃れ得ぬ宿命かトランペットにより第1主題が悲劇的なファンファーレ風に回帰し、苛烈な印象を残す。
 続く第2楽章は緩徐楽章にあたり、牧歌風でありながら葬送音楽的なテイスト(ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」の葬送行進曲やワーグナーの楽劇「神々の黄昏」のジークフリートの葬送行進曲と関連する素材)を織り込んでいるところにドヴォルザークの深い真意が滲む。
 第3楽章はドヴォルザークならではの旋律美と民族色を示すワルツ。哀愁漂う男女が身を寄せ踊るような美しくも翳りあるペーソスの世界だ。
 そして心機一転、苦難を乗り越えた英雄の登場を表す如くトランペットの高らかなファンファーレが開始を告げる第4楽章。ドヴォルザークの交響曲としては新機軸となる変奏曲の形式を用いて書かれているが、これはベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」の終楽章に通じるもの。小鳥の声のような第1楽章の音型に基づく変奏主題がゆったりとチェロに歌われ、オスマン帝国(トルコ)の軍楽メフテルを模した異国情緒の調べ(上述の交響曲第3番「英雄」の終楽章第5変奏と関連)などを挟みながら、はち切れんばかりの輝かしい凱歌によって熱く締めくくられる。
 
作曲年代 1889年
初  演 1890年2月2日、作曲者指揮、プラハの国民劇場管弦楽団
楽器編成 フルート2(うち1名はピッコロ持ち替え)、オーボエ2(うち1名はイングリッシュホルン持ち替え)、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、弦5部
 
 
C) 村田英也(音楽評論)(無断転載を禁ずる)
 
酒井 有彩写真:(C) Yuji Hori
 

 

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