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第232回 定期演奏会   9月6日(金)
ヌーノ・コエーリョ   (C)Sara Matos

 
2019年9月6日(金)19時00分開演 
 
ヨハネス・ブラームス(1833-1897)
ハイドンの主題による変奏曲 変ロ長調 作品56a
 
 1876年、ヨハネス・ブラームス(1833~97)が最初の交響曲を完成させたとき、彼が43歳になっていたことは、よく知られているが、もちろん、交響曲第1番を書き上げるまでに彼はいくつかのオーケストラを使った作品を書いていた。セレナード第1番(1857~58)、同第2番(1858~59)、ピアノ協奏曲第1番(1854~58)、あるいは、「ドイツ・レクイエム」(1857~68)などである。「ハイドンの主題による変奏曲」もまた、交響曲第1番の前に書かれたオーケストラ作品であった。
 ハイドン研究家のカール・フェルディナント・ポールを通じて、ハイドンのディヴェルティメントのなかの「聖アントニウスのコラール」を知り、ブラームスはこの主題をもとに変奏曲を書くことを思い立つ(ただし、当時、ハイドンが作ったと思われていたそのディヴェルティメントは、後に、他人の作品であることがわかる)。
 1873年、ブラームスは、最初、この曲を2台ピアノの作品として作曲し、その後、管弦楽版を書いた。この変奏曲は、当時のブラームスの管弦楽法の集大成的な作品であり、その成功によって、自信を得た彼は、いよいよ交響曲第1番を完成させることになるのであった。
主題:「聖アントニウスのコラール」、アンダンテ。まずはオーボエとファゴットによって、主題が提示される。第1変奏:ポコ・ピウ・アニマート。弦楽器が滑らかに流れ、八分音符と三連符が絶妙に絡み合う。第2変奏:ピウ・ヴィヴァーチェ。付点のリズムのきいた、動きのある変奏。第3変奏:コン・モート。オーボエが、そのあと、第1ヴァイオリンがレガートに歌う。第4変奏:アンダンテ・コン・モート。哀愁を帯びた変ロ短調の変奏。第5変奏:ヴィヴァーチェ。スタッカートのきいた、快速で軽快な変奏。第6変奏:ヴィヴァーチェ。ホルンが楽し気な音楽を吹き始める。第7変奏:グラツィオーソ。フルートとヴィオラが優美に歌い始める8分の6拍子の変奏。第8変奏:プレスト・ノン・トロッポ。弱音器をつけた弦楽器が低くうごめくような変奏曲。フィナーレ:アンダンテ。冒頭5小節間で示されるバスの動きの上で、19の変奏がなされる。つまり、この変奏曲のフィナーレ自体が変奏曲となっている。後の交響曲第4番の第4楽章を想起させる。
 
●作曲年代 1873年
●初  演
1873年11月2日、ウィーン楽友協会大ホールにて、作曲者自身の指揮するウィーン・フィルによって
●楽器編成
フルート2、ピッコロ、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン4、トランペット2、
ティンパニ、トライアングル、弦5部
 
 
セルゲイ・プロコフィエフ(1891-1953)
ヴァイオリン協奏曲 第1番 ニ長調 作品19
 
 セルゲイ・プロコフィエフ(1891~1953)は、ペテルブルグ音楽院在学中から早熟の作曲家、ピアニストとして注目されていたが、ヴァイオリン協奏曲第1番を作曲したのは、同音楽院卒業後、1916年から17年にかけてであった。そしてこの作品の完成直後に十月革命が起こり、プロコフィエフは、翌年、シベリアから日本を経て、アメリカへと渡った。結局、ヴァイオリン協奏曲の初演は、1923年のパリでの演奏会まで持ち越されてしまう。
全体は3つの楽章から成っているが、通常の協奏曲とは逆の「緩―急―緩」という構造をとっているところがユニーク。そして、モダニズムの傾向は、後の第2番よりもむしろこの第1番の方が強い。この作曲家らしい抒情美も聴ける。若きプロコフィエフの野心作といえる。
第1楽章 : アンダンティーノ。ヴィオラのトレモロにのって、独奏ヴァイオリンが夢見るような主題を奏でる。抒情的で美しい音楽。楽章の半ばで音楽が高揚するが、テイストはあくまでモダンである。最後は、フルートの柔らかい響きに包まれて、夢幻的に終わる。
第2楽章 : スケルツォ、ヴィヴァチェッシモ。まず、独奏ヴァイオリンが無窮動風の快活なロンド主題を奏でる。そして、左手のピッツィカートやグリッサンド、重音、スル・ポンティチェッロ(駒の近くで弾く)など、独奏ヴァイオリンが目まぐるしく難技巧を披露していく。4分間ほどの短い楽章。
第3楽章 : モデラート。独奏ヴァイオリンによって提示された主題が自由に変奏されていく。最後に独奏ヴァイオリンが第1楽章の冒頭の主題をトリルを交えて再現し、第1楽章と似た感じで締め括られる。
 
●作曲年代 1916年~1917年
●初  演
1923年10月18日、パリ・オペラ座にて、マルセル・ダリューのヴァイオリン独奏、セルゲイ・クーセヴィツキー指揮パリ・オペラ座管弦楽団によって
●楽器編成
独奏ヴァイオリン、フルート2(うち1名はピッコロ持ち替え)、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、
ホルン4、トランペット2、テューバ、ティンパニ、小太鼓、タンブリン、ハープ、弦5部
 
 
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756-1791)
交響曲 第41番 ハ長調 K.551 「ジュピター」
 
 ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756~1791)は、1788年の夏、交響曲第39番、第40番、第41番の3つの交響曲を一気に書き上げた。第41番は、第40番の完成後、わずか2週間余りで作曲されたといわれている。
 1782年に歌劇「後宮からの逃走」の成功によって、ウィーンで圧倒的な支持を得たモーツァルトだが、1788年頃には、オーストリアが参戦したトルコ戦争の影響で貴族が音楽を楽しむ余裕を失い、モーツァルトの人気も陰り、彼は借金を重ねるようになっていった。経済的な危機に瀕したモーツァルトは、次第にフリーメーソンに傾倒していき、創作での関心も、聴衆よりも自分自身の世界に向けられていった。モーツァルトが最後の三大交響曲を作曲した理由は不明である。そのため、モーツァルトが純粋に自らの芸術的欲求に従い、自らのために書いたのであろうと長い間考えられてきた。しかし、近年の研究では、モーツァルトがウィーンやイギリスでの演奏会を念頭に作曲した、あるいは、3曲をセットにして出版することを意図していたなどの仮設が提起されている。また、近年の研究では、生前に初演されていたという考えが有力になっている。
 モーツァルトが交響曲第41番を作曲した1788年に、彼は32歳になっていたが、1791年に35歳で亡くなるまで、モーツァルトはもう二度と交響曲を書き上げることはなかった。彼ですらこれを乗り越えるには困難であると思うほどの傑作であったに違いない。
 「ジュピター」という名称は、モーツァルト自身によるものではなく、ロンドンの興行主、ザロモンによって付けられたものだといわれている。そして、古代ローマの最高神にたとえたそのニックネームは、現在も使われ続けている。

 
第1楽章 : アレグロ・ヴィヴァーチェ。冒頭に現れる簡潔で力強い第1主題とヴァイオリンが優美に歌う半音階を用いた第2主題とのコントラストが見事。
第2楽章 : アンダンテ・カンタービレ。弱音器を付けたヴァイオリンが典雅な旋律を歌う。
第3楽章 : メヌエット、アレグレット。下降音型による主題には気品が感じられる。トリオの後半で、第1ヴァイオリンが第4楽章の第1主題の音型を先取りする。
第4楽章 : モルト・アレグロ。対位法的な技巧を最大限に駆使しながら、最高の古典美を誇るソナタ形式が築きあげられる。第1主題(ドレファミ)と第2主題(レシミ)が、アクセントを付けられて強奏されたり、転調したり、縦横無尽に姿を変えながら、ポリフォニックで生命感あふれる音の宇宙を作り上げていく。
 
●作曲年代 1788年
●初  演
不明
●楽器編成
フルート、オーボエ2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、弦5部
 
 (C)  山田治生(音楽評論家)(無断転載を禁じる)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
                                     
 
 
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