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第229回 定期演奏会   5月10日(金)
外山 雄三 (C)飯島 隆

 
2019年5月10日(金)19時00分開演 
 
 
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770-1827)
交響曲 第9番 ニ短調 作品125 「合唱付」
 
 ドイツの熱血詩人・戯曲家フリードリヒ・フォン・シラー(1759~1805)が1785年にドレスデンで書いた詩「歓喜に寄す」は、ドイツの青年たちを沸き立たせた。若きベートーヴェンも、その熱狂者のひとりだった。1792年、ベートーヴェンは、この詩に作曲することを友人の前で宣言した。だが、それが実を結ぶのは、遠く30年後のことになる。
 1812年(41歳)−それはちょうど「第7交響曲」と「第8交響曲」を作曲していた頃だったが−彼は新しい「ニ短調交響曲」のアイディアを思いつく。その後いくつかのスケッチが書かれ、1818年には「声楽付交響曲」の発想も生れる。そして1822年、ロンドン・フィルハーモニー協会から交響曲の依頼を受けたのを機に「第9」の作曲は本格化し、翌年、「歓喜に寄す」の詩がこれに結びついたのだった。完成は1824年(53歳)2月。3カ月後に行われた初演では、「歓呼が5回も起こったほど」の大成功を収めた。
 
●苦悩と闘争から歓喜へ−壮大な理念が織り込まれた交響曲
 第1楽章は、弦楽器とホルンによる神秘的な響きの序奏で始まる。その和音は第3音(3和音の真ん中の音)を欠いた、いわゆる「空5度」の響きのため、これから何が起こるかという不安な気分をかき立てるだろう。その中に、第1主題の根幹となる4度と5度の下行音型が稲妻のように閃き始めると、他の楽器が次々に加わってクレッシェンドを開始、そしてついに巨大な第1主題が轟然と全貌を現わす。しかもこの流れは、第1楽章の展開部の冒頭でも、また再現部冒頭でも繰り返されるのだが、うち後者ではティンパニの猛烈な連打を加えた全管弦楽の怒号という形で現れるのである。こんな鬼気迫る物凄い音楽は、ベートーヴェン以前のだれひとりとして思いつかなかったものだ。
 なお、前述の4度と5度の下行音型は、この交響曲の全曲にわたって現れ、重要なモティーフとなる。第1楽章と第2楽章、および第4楽章のそれぞれ最後で下行する2つの音は、いずれも5度音程である。ベートーヴェンは、その緻密なアイディアにより、こうして全曲を一つのコンセプトに統一しているのだった。
 第2楽章には、速いテンポの「スケルツォ(諧謔)」が来る。スケルツォが交響曲の楽章で重要な位置を占めるようになったのはベートーヴェン以降だが、この「第9」のスケルツォは、彼の作品の中でも最も大規模なものだ。冒頭、4回にわたりオクターヴで跳躍下行するモティーフからしてまず強烈で、このモティーフからスケルツォ主題が生まれ、嵐のように、時にはミステリアスな雰囲気を持ちつつ、突き進んで行く。特にオクターヴに調律されたティンパニが単独でとどろく個所は、初演の時には聴衆をどよめかせたという。中間部は「トリオ」で、しばらくは解放的な気分が生まれるが、やがて再びあの激烈なスケルツォが戻って来る。
 第3楽章は、ベートーヴェンの書いた最も安息に満ちた楽章だ。アダージョの主題(冒頭は4度の下行音型からなる)とアンダンテの主題とが交互に、夢のように変奏されて流れて行く。終結近く、不安な予感のような楽想が一瞬現われるが、それも白昼夢のように消え、安息が甦る。
 第4楽章は、この交響曲の頂点である。ワーグナーが「恐怖のファンファーレ」と呼んだ荒々しい導入。歌い語るようなチェロとコントラバスにより、それまでの3つの楽章の主題が次々に退けられたのち、ゆっくりと登場するのが、あの有名な「歓喜の主題」である。−だが、この第4楽章に関しては、もはや多言を要すまい。湧き上る歓喜、敬虔な祈りの歌。それらが交錯しつつ、すべての人々が歓喜に酔いしれて抱き合う平和と人類愛とにあふれたクライマックスへ進んで行く。
 
●こんなエピソードも…
 第4楽章で、ファンファーレと同時にバリトン・ソロ歌手と合唱団が一斉に立ち上がる光景は、なかなかスリリングなものである。だが、「一番スリリングなのはバリトン本人じゃないですか」と言ったのは、故・朝比奈隆氏である。「1時間近くも黙って座っていたあとに、いきなり大声を出すんですからな」。
 名バリトン、故・大橋国一氏は、ステージ上でじっと出番を待ちながら、この瞬間が近づいて来ると、「ああ、ここで地震でも起こって、この《第9》はここで中止になってくれないものか」といつも考えたそうである。それだけ緊張が激しかったということだろう。
 ここでのバリトン歌手は、人類のリーダーとして「もっと喜びに満ちた歌を歌おうではないか」と呼びかける役目を持つのだが、何年か前、尾高忠明指揮の札幌交響楽団が札幌で「第9」を演奏した際に、ロバート・ハニーサッカーというバリトンが、ここだけ大きく手を拡げて場内を見回し、合唱団と聴衆に呼びかけるという派手な身振りで歌ったのを見たことがある。なるほど、この部分だけはシラーの作ではなく、ベートーヴェンが一種のアジテーターとして作詞した歌詞だから、理屈は立つというものだろう。
 しかし、シラーの詩の部分を歌うところでも、面白い解釈の例がある。昨年12月、東京フィルの「第9」でのことだが、テノール・ソロを歌った若いアンドレアス・シャーガーが、行進曲の個所での「兄弟たちよ、勝ち誇った英雄のように、きみたちの道を歓びとともに走れ」のソロを、あたかもオペラの一場面のように身振りを入れて歌い上げていたのである。それはまさにここの歌詞内容の、リーダーとして全員の先頭に立ち、高らかに進み行く若者の気迫に相応しく、劇的な迫力を感じさせたのであった。
 変わった演出ついでに、もう一つ余興として、おそろしく風変わりなステージの例をご紹介しておこう。
 合唱団のほうは、演奏の流れを阻害しないためと、曲の「歓喜への道すじ」をオーケストラとともに体験すべきという考え方とから、第1楽章冒頭からステージに並んでいるケースが、最近は多い。声楽ソリスト4人についても同様だが、時には体力温存(?)を考慮して、第3楽章の前に登場して着席する場合もある。
 かつて、名指揮者フランス・ブリュッヘンが新日本フィルを指揮した「第9」の時の話だ。合唱団は早くからステージに並んでいたが、外国人ソリスト4人が、いつまでたっても出て来ない。第4楽章が始まっても出て来ないし、オーケストラが「歓喜の主題」を奏し始めても未だ登場しない。
 こうなると、われわれ聴衆もさすがに、どうしたどうした、舞台監督が彼らに出番を連絡し忘れているんじゃないのか、と気を揉み始め、演奏を聴いているどころではなくなったのだが−ところがなんと、次のファンファーレの瞬間に、バス歌手が舞台上手側から悠々と登場し、おもむろに中央へ進みつつ、合唱団をはじめ聴衆にも呼びかけるような身振りで「おお友よ、このような音ではない、もっと喜びに満ちた歌を…」と歌い始めたのである。すると、彼を見つめていた(つまり、横を向いていた)合唱団員が「なるほどその通りだ」とうなずいて見せ、いっせいに「フロイデ!」と叫ぶのであった。そして合唱による第1連の最後の2行の反復と、間奏が流れている間に、他のソリスト3人が下手側から登場して定位置に着く−という段取りである。
 シンフォニーの演奏なのに演出過剰ではないか、という意見もあろうが、私は大いにこれらの趣向を楽しんだ。シリアスなコンサートで、まさかこういうことをやる指揮者がいるとは予想もしなかったが、ブリュッヘンも畏れ入った芝居気の持主だ−と、つくづく感心した次第であった。
 
 
 作曲年代 1812年頃〜1824年
 初  演
1824年5月7日 ケルントナートーア劇場 ベートーヴェン自身の総指揮による
 楽器編成
フルート2、ピッコロ1、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、コントラファゴット1、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、トライアングル、シンバル、大太鼓、弦五部、
独唱(ソプラノ、アルト、テノール、バス・バリトン)、混声四部合唱
 
 
曲目解説:(C) 東条碩夫(音楽評論) (無断転載を禁じる)
 
歌詞対訳:(C) 鶴間圭(音楽学) (無断転載を禁じる)
 
 

 
 
 
 
 
 
 
                                     
 
 
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