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第230回 定期演奏会   6月20日(木)
シモーネ・メネセス

 
2019年6月20日(木)19時00分開演 
 

イーゴリ・ストラヴィンスキー(1882-1971)
室内オーケストラのための協奏曲 変ホ長調 「ダンバートン・オークス」
 
 今回の定期演奏会の曲目は、20世紀に入り、後期ロマン派への反動として提唱された“新古典主義”の作品を起点に、バロック音楽やウィーン古典派の手法に範を求めたり、一種のオマージュを捧げた作品を集めているのが特徴である。ロシア出身のストラヴィンスキーは、“カメレオンのように作風を変えた”ことで知られている。バレエ「春の祭典」(1913年)で代表される原始主義的な音楽でセンセーショナルな成功を収めたが、1920年代には、新古典主義に転向した。彼が発した“バッハに帰れ”という言葉は、時代の空気を表す標語とさえなった。
 ストラヴィンスキーの「ダンバートン・オークス」は、バロックの合奏協奏曲の様式を模した音楽で、3楽章で構成されている。タイトルの「ダンバートン・オークス」は、アメリカのワシントンD.C.の地名である。その地に邸宅を構えていた政治家のロバート・ウッズ・ブリスは、妻ミルドレッドとの結婚30周年を祝う音楽として、1937年にストラヴィンスキーに委嘱を行い、作曲の作業は、同年夏から翌38年3月末にかけて行われた。ブリス夫妻は、芸術品の収集家として、また、芸術のパトロンとして知られており、この新作は夫妻の邸宅内で、1938年5月8日にナディア・ブーランジェの指揮によって初演された。この時期、ストラヴィンスキーは、家族の健康問題もあり、ヨーロッパを離れることができず、信頼するブーランジェに指揮を委ねたことが知られている。なお、ブリス夫妻は、その後も、音楽作品の委嘱を続け、バーバー、メノッティ、コープランドも新作を書き下ろしている。
 楽曲は、バッハのブランデンブルク協奏曲をモデルにしているが、その時代には使われていなかったクラリネットが編成に加わっているほか、両端楽章は、しばしば拍子が変転し、シンコペーションも積極的に活用されている。対位法的な動きのほか、終楽章では、動機が多声的に展開されていく。第2楽章は、8分の3拍子主体であるが、中間部やラストは拍子が変転する。旋律の断片を組み合わせて、くつろいだ雰囲気を醸し出し、フルート・ソロが活躍する。小編成の室内オーケストラは、ヴァイオリンとヴィオラ各3、チェロとコントラバス各2であるが、弦楽器の数を増やして演奏されることもある。

 
第1楽章 : テンポ・ジュスト(正確なテンポで)
第2楽章 : アレグレット(やや速く)
第3楽章 : コン・モート(動きをつけて)
 
●作曲年代
1937年夏~1938年3月末
●初  演
1938年5月8日、ナディア・ブーランジェ指揮、ダンバートン・オークスにて
●楽器編成
フルート、クラリネット、ファゴット、ホルン2、ヴァイオリン3、ヴィオラ3、チェロ2、コントラバス2
 
 
アーロン・コープランド(1900-1990)
 「アパラチアの春」組曲
 
 ニューヨークで生まれたコープランドは、伝統的な作曲法に不満を抱き、1924年に渡仏して、ナディア・ブーランジェに師事。帰国後、モダンなスタイルの作品で、アメリカの善良な音楽愛好家を震撼させた。しかし、1930年代に入ると、アメリカ的な要素を前面に打ち出した音楽を書くようになり、バレエ音楽の分野では、「ビリー・ザ・キッド」(1938年)、「ロデオ」(1942年)などを生み出した。
 「アパラチアの春」は、前記の2曲に続くバレエ音楽として、振付師・ダンサーのマーサ・グレアムの委嘱によって、1943年から翌44年に作曲され、彼女のカンパニーによって、ワシントンの国会図書館で初演が行われた。バレエの舞台は、アメリカ開拓時代のペンシルヴェニアの山岳地帯。開拓者たちが、新しい農場で春を祝う祭りをテーマに、新婚の夫婦、隣人たち、リヴァイヴァル運動の説教者や信徒たちの生活が描かれている。バレエ音楽は、13の楽器のために書かれたが、コープランドは、いくつかの場面をカットした上で、2管編成によるフル・オーケストラ用の組曲を翌年にまとめ上げ、ロジンスキー指揮ニューヨーク・フィルハーモニックが初演を行った。この「アパラチアの春」の組曲版は、好評を博し、以後、コープランドの代表作として愛奏されている。結婚式のスクエア・ダンスやシェーカー派教徒の讃美歌など、アメリカ的な素材を用いており、親しみやすい音楽になっているが、オーケストレーションやリズム構造には、コープランドが信奉していたストラヴィンスキーが開拓した手法が巧みに応用されている。
 組曲版は、8つの部分から成り、登場人物が紹介される場面の音楽である〈ヴェリー・スローリー(とてもゆっくりと)〉でスタートし、弦楽器が分散和音を奏でる〈アレグロ(速く)〉を経て、花嫁と婚約者が踊る〈モデラート(中くらいの速さで)〉に至る。〈ファスト(速く)〉と〈スビト・アレグロ(なおも速く)〉で高調した踊りは、〈アズ・アット・ファースト(スローリー)(始めのようにゆっくりと)〉で冒頭部の追想を挟んで、〈ドッピオ・モヴィメント(穏やかに、流れるように)〉では、「シンプル・ギフト〉の名で知られている讃美歌の主題に基づいた変奏が展開される。そして、〈モデラート〉では、静かな祈りに続いて、冒頭部の音楽が回帰して、静かに閉じられる。
●作曲年代 1943年~1944年(組曲版は1945年)
●初  演
(バレエ)1944年10月30日、マーサ・グレアム・バレエ団、ワシントンにて
(組曲版)1945年10月4日、アルトゥール・ロジンスキー指揮、ニューヨークにて
●楽器編成
(組曲版)フルート2(うち1名はピッコロ持ち替え)、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、トロンボーン2、ティンパニ、各種打楽器(シロフォン、スネアドラム、バスドラム、シンバル、テーバー(小型の太鼓)、ウッドブロック、クラベス、グロッケンシュピール、トライアングル)、ハープ、ピアノ、弦5部
 
 
セルゲイ・プロコフィエフ(1891-1953)
交響曲 第1番 ニ長調 作品25 「古典交響曲」
 
 少年時代から意欲的に作曲に取り組んだプロコフィエフは、作品番号の付いた楽曲としては、「シンフォニエッタイ長調」(作品5、1909~14)を世に送り出していたが、交響曲と銘打って公の場に最初に送り出したのは、この「古典交響曲」であった。ストラヴィンスキーよりも9歳年下のプロコフィエフは、ピアニストとしても卓越した技量を備え、ペテルブルク音楽院在学中から斬新な技法を模索し、攻撃的なリズムと先鋭な不協和音を用いて賛否両論を巻き起こした。
 「古典交響曲」は、第一次世界大戦中の1916年から構想を練り始め、翌17年夏にペトログラード近郊の田舎で、初めてピアノを用いずに作曲を試みた作品である。「ハイドンが現代に生きていたら作曲したであろう楽曲」を書こうと努め、楽想を練ったという話が伝えられており、新古典主義の潮流に先がけて完成された作品である。両端楽章は、コンパクトなソナタ形式を採りつつ、ハイドンの模作やパロディに終わることなく、新鮮なハーモニーや唐突な転調も盛り込まれている。そして、ユーモラスで溌剌とした気分がみなぎっている。また、古典的な組曲を意識して、第3楽章には、メヌエットではなく、ガヴォットが配されている。ロシア革命下の混乱期にあたる1918年4月21日に、作曲者自身の指揮で初演された後、たちまちプロコフィエフの名刺代わりの人気作となり、7曲ある番号付きの交響曲の中でも、最も愛奏されている。なお、初演直後、プロコフィエフは、ソヴィエト連邦を離れる決断をして、5月7日にペトログラードを立ち、シベリア、日本を経由して、アメリカに渡ることになる。

 
第1楽章 : アレグロ 2分の2拍子
第2楽章 : ラルゲット(幅広く緩やかにを示すラルゴよりもやや速く) 4分の3拍子
第3楽章 : ガヴォット ノン・トロッポ・アレグロ(甚だしくなく速く) 4分の4拍子
第4楽章 : フィナーレ モルト・ヴィヴァーチェ(非常に活発に速く) 2分の2拍子
 
※ ペトログラードは、第一次世界大戦開始から1924年まで、現在のサンクトペテルブルクに用いられていた名称です。
●作曲年代 1916年~1917年
●初  演
1918年4月21日、作曲者自身の指揮、ペトログラードにて
●楽器編成
フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、弦5部
 
 
エイトル・ヴィラ=ロボス(1887-1959)
シンフォニエッタ 第1番
 
 中南米が生んだ最大の作曲家と位置づけられているヴィラ=ロボスは、10代の頃、リオ・デ・ジャネイロで流行していた民衆的な器楽合奏によるショーロと呼ばれる音楽のグループに参加した経歴の持ち主で、ブラジル各地を旅して、民俗音楽の知識を蓄えた。ほとんど独学で作曲を開始したヴィラ=ロボスは、母国の音楽を創作活動の源とし、1923年から1930年にかけてヨーロッパで活躍。母国ブラジルに帰国後は、あらゆるジャンルで活発な創作活動を繰り広げ、交響曲も12曲残している(ただし第5番は消失)。
 1916年に作曲されたシンフォニエッタ第1番は、3楽章構成の作品で、出版譜には「モーツァルトの思い出」という副題が添えられている。この年に、交響曲第1番を作曲し終えたヴィラ=ロボスは、この小管弦楽のための作品では、2つのテーマを掲げている。その一つが“18世紀のヨーロッパの貴族的な優雅さと繊細さ”であり、もう一つが“ゲルマン民族の天才特有の深い神秘性と激しさ”である。オーケストレーションはシンプルで、弦楽器には、8分音符や16分音符でかけめぐる、モーツァルト流儀のパッセージを用いる一方で、木管楽器も効果的に活用している。ヴィラ=ロボス特有ののびやかなハーモニーや転調が盛り込まれ、既存の形式や理論にとらわれずに、自由な羽ばたきが随所に刻印されている。終楽章は、当初、第2楽章の気分を受け継いだ音楽の後、テンポを徐々に上げて、コーダは、モルト・ヴィーヴォ(非常に生き生きと活発に)に達して賑やかに曲を閉じる。最初の2つの楽章は、1922年にサン・パウロで初演されたが、全曲の初演は、ようやく1954年になってから作曲者本人が指揮するロサンゼルス室内交響楽団によって行われた。

第1楽章 : アレグロ・ジュスト(正確に速く) 4分の2拍子
第2楽章 : アンダンテ・ノン・トロッポ(歩くような速さで、はなはだしくなく) 2分の2拍子
第3楽章 : アンダンティーノ(アンダンテよりやや速く)~モルト・アレグロ(非常に速く)
4分の2拍子
 
●作曲年代 1916年
●初  演
(全曲)1954年12月1日、作曲者自身の指揮、ロサンゼルスにて
●楽器編成
フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、トロンボーン2、ティンパニ、弦5部
 
 
(C) 満津岡 信育(音楽評論)無断転載を禁じる)
 
 
 
 
 
 
 
                                     
 
 
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