大阪交響楽団 2014年度 定期演奏会 曲目解説

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第188回 定期演奏会   9月19日(金)
児玉 宏
佐藤 卓史

 
 
シェイクスピア生誕450年記念【じゃじゃ馬ならし】
 
≪児玉宏のブルックナー Vol.10≫
 
2014年9月19日(金)19時00分開演 
 
         
 音楽監督の児玉宏と大阪交響楽団によるブルックナー・シリーズが、実に第10回目を数えることになった。十年一昔とはよく言われることだが、現代のようにきわめて変化の速い時代にあって、同じコンビによる、同じ作曲家のシリーズが10年も続いたということ自体が奇跡的であるが、ただ続いたというだけでなく、その内容が極めて高い水準にあったという意味でも、大阪の地で行われたシリーズ演奏会の中でも傑出したものであったということができるだろう。ご承知のように、大阪では、かつて朝比奈隆というブルックナー演奏にかけてのカリスマ的存在がいて、彼の没後も他の指揮者がブルックナーを取り上げるには、それ相応の覚悟が必要だった。それほどまでに朝比奈のブルックナーは聴衆に浸透していたし、いわば神格的なまでに高い評価を得ていたのである。
 その意味では、児玉宏が大阪交響楽団と初めてブルックナーを取り上げたのは、交響曲第3番という、やや微妙な位置にある作品であったこともあって、シリーズを前提としたものではなく、あくまで偶発的なプログラミングではなかったかと思われる。しかしこの演奏が余りに素晴らしく、このコンビによるブルックナー演奏を1回のみで済ませなくなったというのが正直なところだったろう。朝比奈のやや大掴みで重厚な、まるで重戦車のようなブルックナーに慣れていた我々は、児玉の細部にまで神経の行き届いた、緻密で繊細な表情も併せ持ちながら、決して恰幅の大きさも失わない、実に思い切りのよいブルックナー演奏に、目から鱗の衝撃を受けたのである。しかも彼によって指揮された大阪交響楽団の、何という生気と活力に満ちた堂々とした表現。オーケストラの実力が確実に高まっていることを再認識させると同時に、オーケストラにとっても一皮むける無二の機会となったのであった。このコンビによるブルックナーが、聴衆や批評家たちから大きな賛辞を得たのも当然であった。しかしその時は、これが今日まで10年も続くシリーズになろうとは誰も思わなかった。
 しかしその多大な成果を収め続けたシリーズもいよいよ大詰め。昨年第8番が取り上げられたとき、確か私はラストスパートに入ったと記したが、その時は、今年はいよいよブルックナー最後の交響曲第9番が取り上げられるとばかり思っていた。しかし蓋を開けてみれば、なんと今年は初期の、今日では第00番ともいわれるブルックナーが最初に手がけた《交響曲ヘ短調》。演奏会ではほとんど取り上げられることがない習作と考えられてきた作品だけに驚いたが、いっそやるならその全てをという、児玉の徹底ぶりに改めて感心すると同時に、このシリーズが、改めて関西洋楽史における金字塔の一つになることを確信した次第である。前半には、今年がシェークスピア年(生誕450年)であることから選ばれた珍しいドイツの作曲家ヘルマン・ゲッツの歌劇《じゃじゃ馬ならし》序曲とモーツァルトのピアノ協奏曲第15番が演奏される。両曲ともに児玉お得意の知られざる名作に含めても良い曲かもしれないが、実はモーツァルトの作品は、私が思うに傑作中の傑作の一つであり、これも併せて楽しみである。
 

ヘルマン・ゲッツ(1840~1876):歌劇《じゃじゃ馬ならし》序曲

 今年は、古今東西を見渡しても最高の劇作家といってもよいシェークスピアが生まれて450年。その幾多の戯曲は、未だ世界中で最も愛されているものだが、それだけに他のジャンルの芸術家からも常に注目を浴び続けてきた。音楽の分野でも、彼の戯曲ほどオペラやバレエ、その他さまざまな形で音楽化されたものはないだろう。生誕450年にちなんで大阪交響楽団では定期演奏会で彼の戯曲と関係のある作品を取り上げているが、今夜はドイツの作曲家ヘルマン・ゲッツが1868年から72年にかけて、シェークスピアの喜劇《じゃじゃ馬ならし》をもとに作曲したオペラの序曲が演奏される。
 その生没年を見ても分かるように、ワーグナーを始めとして、ブラームスやブルックナーの同時代人であるゲッツは、ベルリンのシュテルン音楽院を卒業後、1863年にライネッケの推薦を受けてスイスのヴィンタートゥールのオルガニスト兼合唱長に就任し、その後チューリヒにも活動範囲を広げるなど主としてスイスで活躍した。スイスに赴任するときからすでに結核を患っており、わずか36歳の若さで世を去ったが、その晩年には重要な幾つかの作品が残された。その中でも最も有名な作品が、19世紀ドイツで作曲された喜歌劇の中でも、傑作の一つと高く評価される《じゃじゃ馬ならし》である。登場人物の性格描写がなかなかに洗練されている点や、気の利いたアンサンブル書法は、彼が学生時代に指揮する機会を多く持ったモーツァルトの作品からの影響が色濃くうかがえる。驚くべきは、この時代の作曲家としてはワーグナーからの影響をほとんど受けていないという点で、その意味でドイツ・ロマン派の中にあってユニークな存在だったということができよう。序曲はわずか5分ほどの短いものであるが、主役のカタリーナとペトルッキオのモティーフを中心に、オペラの内容を小気味よく凝縮して表現した佳品である。
 

W.A.モーツァルト(1756~1791)
:ピアノ協奏曲 第15番 変ロ長調 K.450

 児玉宏と大阪交響楽団によるブルックナー・シリーズでは、これまで何度かモーツァルトのピアノ協奏曲が組み合わされてきている。ある意味で両者の音楽は、その清らかさや天衣無縫であるという点で、どこか現世を超越して相似ているところがあり、なかなかマッチングがよいのだ。これまで取り上げられるごとに述べてきたが、モーツァルトにとってピアノ協奏曲は、まさにオペラと並ぶ彼の最重要分野であった。どんな曲種でも、モーツァルトはその優れた才能を遺憾なく発揮してはいるが、多彩な材料を用いて、人間の感情の機微やその愛の諸相を凝縮して表現できるピアノ協奏曲ほど、その才を縦横に輝かせた分野はない。
 この作品は、すでに社交界で大人気を博していたウィーン時代の1784年の3月15日に完成され(自作品目録による)、3月24日に彼が主催する「第2回予約演奏会」で初演された。楽器編成も格段に大きくなり、オーボエ、ファゴット、ホルンに加えてフルートを加え、管楽器の多彩な音色や響きを有効に活かすとともに、彼自身が演奏することを前提にした独奏ピアノにも高度で華麗な技巧が散りばめられている。この作品に至ってモーツァルトは、ピアノ協奏曲において、管楽器に重要な登場人物としての個性的な役割を担わせると同時に、ピアノ独奏の主役としての重要性と見せ場を一段と強化し、モーツァルトならではのピアノ協奏曲のあり方を確立したのであった。その意味で、第20番以降の後期のピアノ協奏曲群に全く引けを取らない傑作ということができるだろう。
 第1楽章は最初、木管とヴァイオリンの応答で形成される第1主題で始まり、その後独奏ピアノによる即興的な音型から第1主題が現れる協奏風ソナタ形式で作られているが、とりわけ展開部におけるピアノの華やかな活躍ぶりや、コーダのモーツァルト自身によるカデンツァは見逃せない。第2楽章は、二部形式による甘美な主題を中心に、これまた彼が自身の技巧を十分に発揮できる変奏曲の形式で書かれている。そして第3楽章では軽快な主題をもとに、ロンド・ソナタ形式による活力と生気に満ちた音楽が展開される。
 

A.ブルックナー(1824~1896):交響曲 ヘ短調 WAB99

 ブルックナーが番号のついた交響曲を全部で9曲残したことはどなたもご存知のことだろう。しかし実は彼は番号付きの交響曲以外に2曲の交響曲を残していた。1曲は既にこのシリーズでも演奏された、いわゆる第0番の交響曲である。そしてもう1曲が、今日演奏される、彼の交響曲創作の最初の試みとして作曲されたヘ短調の交響曲である。ブルックナーは、比較的晩生の作曲家で、ウィーンの名教師であるジモン・ゼヒターのものとで6年(1855年7月~61年3月)も対位法の勉強をしたあとも、まだ飽き足らずオットー・キツラーのもとで様々な器楽曲ジャンルの形式論や管弦楽法を1863年3月(39歳)まで学んだ。その際の練習課題帳にはかなりの管弦楽作品やソナタ、室内楽などが残されているが、修行を終えようとする1861年1月には《序曲ト短調》と呼ばれる管弦楽曲が記されている。そしてそれが完成された直後に、まるで修了作品のように手がけられ始め、5月までの約5ヶ月を使って作曲されたのが、彼にとって初めての交響曲ヘ短調であった。
 この作品は、師のキツラーからは必ずしも好評を得ることができなかったが、その年の9月にミュンヘンの第2回音楽祭に赴いた際、音楽総監督のフランツ・ラハナーに見せたところ、次のシーズンには演奏しても良いと言ってくれるほどの関心を示してもらい、大いに自信を得たのであった。演奏するという約束は結局果たされずじまいに終わったが、ブルックナーがこれを破棄せず生涯自分の手元に置き続けたのは、最初の交響曲という愛着のみならず、仕上がりに対しても相応の自信を持っていたからではないかと考えられる。
 40歳に手が届かんばかりの中年の作品とはいえ、まだまだのちのブルックナー的な響きや節回しは、それほど明確に確認できるわけではない。ただ第1楽章や第4楽章などソナタ形式が用いられた楽章では、ブルックナー特有の第3主題と思しき主題が登場してくるし、楽章を超えた関連性に対する意識も、少しではあるが確認することができる。また第3楽章のスケルツォでは、間違いなくブルックナーならではの音運びが感じ取れる。それにデュナーミクを頻繁に変化させたり、楽器間の音色的コントラストに大きな関心を寄せているのは、明らかにのちのブルックナーの個性の先取りといえよう。この作品を耳にしていると、彼が、これまで一般的に言われてきたシューベルトなどからの影響だけでなく、シューマン、メンデルスゾーンの交響曲様式からも影響を受けていたことが明らかに見て取れるのは興味深い。
 第1楽章は、のちのブルックナーのソナタ形式楽章とは異なり、古典派のソナタ形式を踏襲した、提示部の反復をもったソナタ形式によって作られている。主題は第1主題、第2主題以外に、まだ明確とまでは言いにくいが、第2主題と性格的に対比される第3の素材も登場し、後の3つの主題を持つソナタ形式というブルックナーの特徴も垣間見られる。第2楽章は、二つの主題が提示される主部と、多少の変奏を加えたその再現の間に中間部が置かれた3部形式によるアンダンテ楽章。随所にのちのブルックナーを想わせる音の運びも見られるロマンティックな楽章である。第3楽章は、まさにブルックナーならではのスケルツォ楽章。スケルツォ主部の劇的表現といい、トリオの、たおやかかつ軽快な動きを持った表情といい、ここにはすでにのちのブルックナーを十分に予感させる音楽が息づいている。第4楽章も第1楽章同様、提示部の反復が指示されたソナタ形式による楽章。のちの交響曲第1番との関連が色濃く漂う楽章であり、コーダの高揚する終結部分などでは、思わずシューマンの交響曲を思い出させるような作り方も見られる。
 
 
 
(C)中村 孝義(大阪音楽大学教授・音楽学)(無断転載を禁じる)
 
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