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楽団員の部屋

インタビュー 山下 真理奈(クラリネット首席奏者)
2026-09-18
— クラリネットを始めたきっかけは。
 中学校1年生の時に吹奏楽部で始めました。小学校時代にはピアノを習い、祖父に買ってもらったフルートを遊びで吹いていました。トランペットやサクソフォンにも憧れましたが、希望の楽器はじゃんけんにすべて負けてしまって(笑)、はとこのお姉さんがクラリネットをしていたこともあり、残っていたクラリネットを吹くことになりました。音が好きになり、負けず嫌いな性格もあって、きちんとやりたいと思うようになりました。高校では大阪音楽大学の長門由華先生が部活に来られ、相談したところ「じゃあレッスンしよう」と言ってくださり、音大を目指しました。

— 中学、高校時代で印象に残っていることはありますか。
 中学2年生のコンクールで『こうもり』セレクションを演奏したことです。同じ曲でも楽団や奏者によって全然違うと知り、聴き比べるのが面白くなりました。3年生では『トスカ』を演奏し、オペラでは物語と音楽が結びついていることを学びました。恩師の津田徳隆先生が、音楽そのものを教えてくださったことも大きかったと思います。

— 大阪音楽大学では、どのような学生生活でしたか。
 とにかく練習していました。実家から通えましたが、通学時間も惜しくて寮に入りました。朝、音が出せる時間から学校へ行き、夜、吹いてはいけない時間になるまで練習していました。大学時代の思い出は、コンクール、試験、オーディション、そして練習です。

— 留学へは、どのようにつながりましたか。
 大学時代にフランスの先生方が来られる講座に参加しました。ロマン・ギュイオ先生のレッスンを聴講したり、フローラン・エオー先生、ミシェル・アリニョン先生のレッスンなどを受け、音楽の作り方や感覚的な教え方が全く違うことに衝撃を受けました。スパイスのようなエスプリを教えてくださる。それが楽しくて、卒業後はスイスのジュネーブに留学しました。

— 留学中に兵庫芸術文化センター管弦楽団(PAC)のオーディションに合格されました。
 日本に帰りたい、オーケストラに入りたいという気持ちが強く、日本のオーディションはできるだけ受けに帰っていました。PACに受かった時は嬉しかったです。帰る場所ができ、オーケストラで吹ける。人生で一番嬉しかった出来事かもしれません。

— PACで印象に残っている演奏会はありますか。
 アレクサンドル・ヴェデルニコフさんの指揮でプロコフィエフの《交響曲第5番》を演奏した時です。初めてPACで1番を吹く本番でしたが、リハーサルでは厳しく指導していただきました。本番後に「君の成長を楽しみにしているよ」と声をかけてくださりました。その後ヴェデルニコフさんが亡くなられてしまったこともあり、忘れられません。

— 大阪交響楽団に入団して2年が経ちました。
 あたたかいオーケストラだと感じています。印象に残っているのは、ヴェルディのオペラ『運命の力』を演奏した時です。オーディションの準備でひとりで吹いたことしかなかった長大なソロを、オーケストラの中で演奏でき、とても緊張しましたが幸せでした。

— クラリネットを吹いていて、よかったと思う瞬間はどんな時ですか。

 自分が「ここをこうしたい」と思ったことが周りに伝わり、音楽がふっと合う瞬間。そういう瞬間を作っていけるように、1曲1曲、1回1回の本番を丁寧に積み重ねていきたいと思います。


山下真理奈 写真:(C)飯島 隆
 
聞き手/小味渕彦之(音楽学・音楽評論)
 
~プログラムマガジン2026年度9・10・11月号掲載~
公益社団法人大阪交響楽団
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