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第252回 定期演奏会   12月2日(木)
阪 哲朗(C)Florian Hammerich
菊池 洋子(C)Yuji Hori

2021年12月2日(木)19時00分開演 
 
フェリックス・メンデルスゾーン(1809-1847)
序曲「美しいメルジーネの物語」 作品32
 
 幼い頃から文芸に親しみ、文豪ゲーテとも交流したメンデルスゾーンにとって、偉大な芸術とは「詩」の劇性によって喚起されるものであり、その精神は多くの器楽曲に反映し、1830年代から40年代に書かれたピアノ作品集「無言歌集」などにも現れている。序曲「美しいメルジーネの物語」は、メンデルスゾーンがイタリアやロンドンなどでの外遊から帰国した後、デュッセルドルフで作曲された。この序曲の題材「メルジーネ」は、古くからヨーロッパに民話として伝わる聖なる井戸や水の精霊であり、絵画には人魚の姿として描かれ、古今繰り返し戯曲のモチーフにもなってきた。
 メンデルスゾーンが直接触発された舞台は、1833年に初演されたコンラーディン・クロイツァーの三幕のロマン派オペラ《メルジーナ》で、台本はウィーン・ビーダーマイアー期の作家、フランツ・グリルパルツァー(1791-1872)による。物語は、人間世界に憧れる妖精、人魚の素性を隠す美しいメルジーナと青年ライムントの儚い悲恋で、約束を破り真実の姿を知ってしまったライムントは今生の命を奪われ、メルジーナと天界で再会し結ばれる。メンデルスゾーンの音楽は、リヒャルト・ワーグナーが「音楽の風景画家」と称したような巧みさで、水の精霊の住む穏やかな海の表情を描写し、恋人たちのせつなくも美しい歌がドラマチックに展開される。
 
●作曲年代 1833年(1835年改訂版)
●初  演 1834年4月7日、ロンドン・フィルハーモニー協会にて。改訂版は1835年11月23日。ライプツィヒ・ゲヴァントハウスにて。
●楽器編成 フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、弦5部
 
 
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770-1827)
ピアノ協奏曲 第1番 ハ長調 作品15
 
 ボンの宮廷楽界で傑出した才能を注目されていたベートーヴェンが、革命期のボンの騒乱を避けてウィーンに移住したのは1792年の晩秋であった。ボンで親しく交流していたヴァルトシュタイン伯爵からは、「ハイドンの手からモーツァルトの精神を受け取ることになる」という言葉を贈られたが、楽都ウィーンに移ったベートーヴェンはさっそく、ハイドンをはじめとして、シュテファン大聖堂楽長のアルブレヒツベルガーなどから貪欲に作曲法を学ぶ。こうして、青年ベートーヴェンは、ウィーンでピアニストとして活動しつつ、円熟した作曲家として飛翔していく。ウィーンのサロンでは、モーツァルトにピアノを学び、バッハやヘンデルの音楽に魅せられた好楽精神にあふれた貴族たちに招かれ、刺激を受けるとともに、その演奏で人々を魅了し、知名度を高めていった。同時期には、初期のピアノ・ソナタなどが作曲されているが、この作品も、ベートーヴェン自身のピアノで初演されている。
 推敲を重ねたピアノ協奏曲第一番は、ベートーヴェンにとって最初に出版されたピアノ協奏曲だが、楽聖のウィーン時代の幕開けを象徴する作品でもあり、その華麗で充実した響きは、後期の壮大で晦渋な表現とは異なり、ウィーン生活の快活なスタートを反映した新鮮な気風に満ちている。特筆すべきは、曲全体で展開されるピアノと管弦楽の豊かな対話と、その見事なバランスである。
 第一楽章はハ長調、アレグロ・コンブリオ。協奏風ソナタ形式。オクターブと上行する音階で構成された明るく、印象深い第一主題と、対比的に下降する流麗な第二主題の長めの導入の後、独奏ピアノが対話的に登場する。展開部では、管弦楽に続いて幻想曲のようなピアノの独奏が続く。再現部の後に演奏されるカデンツァは、ベートーヴェンが幾度も改訂しているが、改訂後は長く、難易度が高いものになっている。変イ長調の情趣ある穏やかな旋律の緩徐楽章の後、第三楽章はハ長調のロンド。ピアノが先導するロンド主題、ふたつの副主題と繰り出されるが、リズム、旋律、フレーズの長さなど、どれも個性際立つ軽快な主題が展開され、フィナーレまで鮮やかに疾走する。
 
●作曲年代 1793年から1800年(構想から独奏部分の改訂版ができる期間)
●初  演 1795年3月29日、ベートーヴェン自身の独奏で、ウィーンのブルク劇場にて。改訂版の初演は1800年4月2日、同劇場にて。
●楽器編成 独奏ピアノ、フルート1、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、弦5部
 
 
クルト・ヴァイル(1900-1950)
交響曲 第2番
 
 1928年にベルリンで初演された《三文オペラ》で一世を風靡した後、ヴァイルはラジオのための作品など実験的な創作を続けていた。しかし、30年代に入るとナチスの台頭でユダヤ系のヴァイルの作品は「頽廃芸術」と烙印が押され、劇場では妨害と醜聞に汚され、作品の発表すら困難になってしまった。幼馴染のジャーナリストからの忠告を受け、1933年3月21日、ヴァイルは陸路フランスに出国した。その二日後に、悪名高き「全権委任法」が成立し、ヒットラーはワイマール憲法に拘束されず無制限の立法権を授権することになったのである。まさに間一髪の脱出劇の二年後、ヴァイルはアメリカに亡命した。
 オペラからブロードウェイ・ミュージカルまで、その生涯を「音楽劇の作曲家」として名声を博したヴァイルだが、ベルリン音楽学校で学んだキャリアの初期には、チェロ・ソナタ、弦楽四重奏、協奏曲、交響曲など、幅広いジャンルの純粋器楽曲を残している。通称「ベルリン交響曲」と呼ばれる第一交響曲は、ヴァイルの生前に演奏されなかった。名声を築いた後に作曲された第二交響曲は、シンガーミシン社の一族として巨万の富を誇り、フォーレやストラヴィンスキーなどにも作品を委嘱してきたエドモンド・ドゥ・ポリニャック公爵夫人の委嘱により作曲された。
 シェーンベルクやマーラーの影響を受け、無調へと志向する一楽章構成の第一交響曲に比べて、第二交響曲では、古典的な三楽章構成を採用した。特に当時「歌う交響曲」と評されたように、そのオーケストレーションは、歌の旋律を際立たせることを意識している。そこから響くのは、亡命前に作曲された悲劇的な結末をもつ二つのオペラ《保証》(カスパー・ネーアー台本)と《銀の湖》(ゲオルク・カイザー台本)からの、凝縮されたサウンドと旋律のエッセンスである。《保証》では、戦争、インフレ、飢餓、疫病という終末論が横行する世界が描かれ、恐怖政治の下で最後に主人公は撲殺されてしまう。《銀の湖》では、大恐慌の凄まじい貧困が告発され、「渡れば、そこに道ができる」という不思議な銀の湖を前に、彼岸へのやるせない夢が語られる。
 ヴァイル自身は、自筆譜で「交響的幻想」という呼称も与え、この交響曲が筋書きをもつ「標題音楽」ではないとしているが、彼にとっては劇音楽と純粋器楽の垣根は低く、そもそも劇音楽は「純粋な器楽形式から発想される」と考えていた。彼の理想は、歌劇と器楽が相互に作用し合うモーツァルトの豊かな音楽世界であった。この作品でも、トレモロや繰り返される速いパッセージに現れた生命の輝きから、主人公たちの追い詰められた対話が、第二楽章の管楽器と弦楽器が絶妙に紡ぎ合う美しくもせつない旋律からは、《銀の湖》で登場する妖精のようなフェニモアの、清らかな希望の歌が聴こえる。そして、作品全体を覆うのは、全体主義に支配されるドイツの厳しい時代を告発するかのような、怒りを孕んだ「葬送行進曲」である。その怒りと告発の精神は、同時期に作られた歌うバレエ《七つの大罪》(ベルトルト・ブレヒト台本)の根底にも流れる。
 亡命前後の出版社との往復書簡などを見ると、苦難の時期にあってもヴァイルは悲嘆にくれることなく作品を作り続け、希望を失わずに世界展開さえも思案していた。第二交響曲の背景にあるのは、迫害されて祖国を離れる深い悲しみと同時に、アメリカでの成功を導くことにもなった彼の不屈の精神である。初演前のインタビューでは、
 
「時間が経てば、一度は(ドイツに)帰れると思っています。いずれにせよ、今現在ドイツにいる愛国者たちと変わらず、私にも祖国を愛する権利があるわけですから。私の家族は八百年もの間、ドイツで自分の能力を活かしてきて、私自身もそうありたいと願っています。亡命生活のなかでも、私の音楽にとって革新的なことをみつけて、祖国に役に立てるようになるのではと感じているのです」(オーレ・ヴィンディングによるインタビュー、1934年6月21日、筆者訳)
 
 と、前向きに語っている。(しかし実際、アメリカ亡命後にアメリカ国籍を取得したヴァイルは、第二次世界大戦後、ドイツに帰郷することはなかった。)
 第一楽章はソナタ形式だが、展開部は呈示部の主題を労作するのではなく、あえて新たなテーマを導入している。その結果、次々と新しい旋律がソングアルバムのように聴こえてくる。物悲しく美しい旋律が際立つ緩徐楽章の後、躍動感に満ちたロンド形式の終楽章は、プレストの速さで熱を帯びたタランテラのリズムで幕を閉じる。駆け抜けるような華やかなラストの調性は、突然のハ短調で幕切れた《第一交響曲》とは対照的に、力強いハ長調である。光あるところに影を、喜びなきところに希望を響かせるヴァイル独特の語り口がここでも発揮されている。今回は、第2、第3楽章にティンパニ以外の打楽器類を追加して初演された1934年版を基にした「批判的校訂版」で演奏される。
 
●作曲年代 1933年-1934年
●初  演 1934年10月11日。ブルーノ・ワルター指揮、アムステルダムにて。
●楽器編成
フルート2(2名ともピッコロ持ち替え)、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、トロンボーン2、ティンパニ、トライアングル、ゴング、サスペンディットシンバル、合わせシンバル、ミリタリードラム、スネアドラム2、大太鼓、グロッケンシュピール、弦5部
 
(C)大田 美佐子(音楽学・神戸大学大学院准教授) (無断転載を禁じる)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
                                     
 
 
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