ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770-1827)
交響曲 第5番 ハ短調 作品67 「運命」
古今東西もっとも親しまれている作品のひとつであり、同時に交響曲史上、大きな様式の転換を示した傑作である。
2020年に生誕250年を迎えたルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770~1827)がこの作品のスケッチを始めたのは1803年であり、推敲に推敲を重ねて1808年に完成させている。当初ベートーヴェンは、「交響曲第4番」と同様、オッペルスドルフ伯爵のためにこの交響曲に取り掛かった。当然前金も受け取り、なお制作途中でさらに金銭を要求して受領している。その額は完成時の額の7割にも達したが、結局ベートーヴェンは、完成した作品をオッペルスドルフ伯爵には渡さず、“経済的困窮のため”出版社ブライトコップフ&ヘルテル社に売却してしまったのである。
当時ベートーヴェンの創作意欲はますます充実の一途を辿り、この交響曲にしても、特筆すべきは運命の動機と呼ばれるモチーフの提示のみならず、むしろ動機の鮮やかで堅固な展開技法であり、また全楽章を通した動機の関連付けにある。初演は「ピアノ協奏曲第4番」と同じ1808年12月22日のアン・デア・ウィーン劇場、自らの指揮によって行われた。ロプコヴィツ侯爵に献呈されている。
第1楽章冒頭の有名な動機について、ベートーヴェンが弟子のシントラーに「運命はこのように戸を叩く」と説明したというエピソードがあるが、虚言壁のあるシントラーだけに真偽は不明。この音型にしてもハイドンやモーツァルトが使用しており、ベートーヴェン自身「ピアノ協奏曲第4番」や「ピアノソナタ第23番《熱情》」などでも用いている。それより、この単純な動機を綿密な計算のもとに発展させ、気宇壮大な交響曲に昇華させたところにベートーヴェンの独創性がある。
また交響曲史上初めて、3管のトロンボーンとそれぞれ1管のピッコロ、コントラファゴットを第4楽章に投入し、オーケストレーションの飛躍的な拡大を実現させたことも先進的であった。なお、第3楽章と第4楽章は続けて演奏される。
第1楽章はアレグロ・コン・ブリオ、ハ短調。第2楽章はアンダンテ・コン・モートで変イ長調、変奏曲形式を採る。苦悩に満ちたハ短調の第3楽章スケルツォを経て、歓喜を爆発させる第4楽章はハ長調。開始から輝かしい響きを伴いながら雄渾に推移し、圧倒的なクライマックスは主題が回想されて壮大に全曲を結ぶ。ベートーヴェンの哲学を標榜する名作である。
作曲年代 |
1808年 |
初 演 |
1808年12月22日。作曲者自身の指揮。アン・デア・ウィーン劇場にて。
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楽器編成 |
ピッコロ、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン2、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、弦5部
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矢崎彦太郎写真:(C)Concert
須川展也写真:(C)Tey Tat Keng