本日演奏される作品の作曲者レナード・バーンスタイン(1918-1990)は、今年生誕101年。この「101」という数字には英語で“初心”や“スタート”といった意味があり、フェニーチェ堺のグランド・オープンと相通じるところがありますね。自他共に認めるリベラリストであったアメリカ生まれのバーンスタイン。その大いなる自由や平和への想いが、きっと存分にお聴き頂けることでしょう。
◆「キャンディード」序曲
18世紀のフランスの啓蒙思想家ヴォルテールの奇想天外な小説(哲学的コント)に基づく喜劇的オペレッタ「キャンディード」は、1956年に初演されました。実はこの「キャンディード」、既成権威への皮肉たっぷりなヴォルテール原作を下敷きに、50年代のアメリカで猛威を振るった『赤狩り』に対する諷刺的な側面も。そんなこんなのオペレッタですが、底抜けに明るい序曲は今も昔も人気もの。バーンスタイン一流の生き生きとしたメロディーが溢れ出し、人の心をとらえて離さない魅力に満ちています。
◆ヴァイオリン独奏、弦楽、ハープと打楽器のためのセレナード (プラトンの「饗宴」による)
全5楽章のこの作品(1954年初演)は、哲学者プラトンの著書「饗宴」にインスピレーションを得て作曲されました。その「饗宴」(ソクラテスをはじめとする古代ギリシャの才人たちによる祝宴の席での対話録)は、愛の神エロスの賛美、そして道徳的啓蒙性をもった古代ギリシャの同性愛(成人男子と青少年との関係)をテーマとした至高の恋愛哲学と言えるでしょう。折しもバーンスタインがこの作品を作曲していた頃のアメリカではマッカーシズムによる同性愛者への弾圧が容赦なく行われ、一方ギリシャでは同性愛が合法化されるという(1951年)そんな時代でした。時流に敏感だったはずのバーンスタインが、まるで愛の語り部の如く美しくも雄弁なヴァイオリン独奏を主役として作曲したこの「セレナード」(=恋人へ愛を捧げる音楽)。同性愛への差別などのない愛の楽園たる古代ギリシャへの、バーンスタインならではの心からのオマージュと呼びうる作品です。
◆ウエストサイドストーリー「演奏会用組曲」第1番 (1992)
シェイクスピアの戯曲「ロメオとジュリエット」を下地としたミュージカル「ウエストサイドストーリー」の初演は1957年のこと。当時のアメリカ国内の人種対立や移民問題を背景に、若きトニーとマリアの悲恋を描いた作品です。ミュージカルとしては異例だった悲劇性、意匠を凝らした音楽作りなど、何と大胆で独創的なこと!このミュージカルに基づいた歌唱付きの「演奏会用組曲」第1番は、トニーとマリアの運命的な愛の軌跡を辿る4つの名高いナンバーで構成されています。
◆ウエストサイドストーリーより「シンフォニックダンス」
先の「演奏会用組曲」が歌唱付きであるのに対し、この「シンフォニックダンス」は、ミュージカルのエッセンスをオーケストラのみで表現した不滅のダンス・メドレーと言えるでしょう(作曲家シド・ラミンとアーウィン・コスタルの協力を得て完成、1961年初演) 。全9部からなり、キザな感じの指スナップ音が効果的な「プロローグ」から、様々な音楽スタイル(ジャズやラテン音楽など)による目眩くダンス音楽を経て、静謐な最終曲「フィナーレ」へと収斂されてゆきます。何より、作品の至る所に三全音(“音楽の悪魔”と称される増4度・減5度音程)を響かせ、そこに人間抗争への警鐘を滲ませたバーンスタイン。自由や平和を希求して止まなかった作曲家の想いが織り込められた、ドラマティックな音楽です。