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第231回 定期演奏会   7月25日(木)
ガブリエル・フェルツ

 
2019年7月25日(木)19時00分開演 
 
 本日の演奏会ではモーツァルトとブルックナーの作曲した二つの変ホ長調交響曲が採り上げられる。共に天国的な至純で絶美の音楽を書いたとされるオーストリアの大作曲家だがモーツァルトは「疾走する〜」と表現されるように軽いアレグロの音楽のイメージが強く、ブルックナーの方は重厚なアダージョ作曲家と思われていることが多いようだ。
 
 
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756-1791)
交響曲 第39番 変ホ長調 K.543
 
 モーツァルトの三大交響曲の最初の曲。当時の交響曲は現在と違い特別に重視されるような演目ではなくセレナードやディヴェルティメントと大差なく演奏会の序曲や終結用に分割演奏されたりするのが常であった。37番が欠番なのはミヒャエル・ハイドンの交響曲に序奏を付けただけのシロモノと判明したためでありモーツァルトがそのような酷い手抜きをしたのもとても作曲家の名誉になるような曲種ではなかったためである(音楽会のトリを飾れるような重要演目になるのはハイドンのザロモンセットやベートーヴェン以降)。
 交響曲に人生を賭けたブルックナーに対しモーツァルトは特別な意識なしに交響曲を作曲したとよく言われる。だが古典交響曲の最高傑作であるこの三大交響曲の内容を考えるととてもそのようには思われない。弦楽四重奏のハイドンセットが兄ヨーゼフの影響下に成立したようにレクイエムとこの三大交響曲は弟ミヒャエルの作品を下敷きに作曲されたらしく、3曲共楽器編成も異なるがこの曲だけが冒頭に序奏を持ち、当時のオケでも必要不可欠な筈のオーボエを欠き代わりにクラリネットを用いている。演奏前のチューニングも音の通りやすいオーボエのA音で始まるのではなくコンマスの弾くヴァイオリンに合わせるのである。
 モーツァルトが交響曲にクラリネットを初めて使用したのは31番「パリ」だが、彼が最初から完全な2管編成オケを用い作曲した交響曲は「パリ」だけなのである。この楽器は音域により音色がまるで異なるが39番のメヌエットのトリオでは第2クラリネットによる無骨な低音の分散和音に乗り第1クラリネットが瑞々しいソロを奏でるという卓抜した用法が見られる。またフィナーレでは第2ヴァイオリンの分散和音に乗り第1ヴァイオリンが第1主題を提示そして総奏での対比という実に効果的な手法が取られるがこれまた「パリ」が先駆で当時のパリで流行した手法であったようだ。
 39番は以前はよく白鳥の歌と言われていた。夭折したアマデウスだが言うまでもなくその死までまだ間があるので最後の作品というわけではなくクラリネットのまろやかな音色を活かした典雅で至純の美しさを持った曲という意味であろう。だがピリオド奏法の洗礼を受けた昨今ではまるで小エロイカのように男性的で豪快に演奏するのが流行っているような気がするが本日はどうなるだろう。
 
●作曲年代 1788年6月
●初  演
不詳
●楽器編成
フルート1、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、弦5部
 
 
 
アントン・ブルックナー(1824-1896)
交響曲 第4番 変ホ長調 「ロマンティック」(第3稿 1888)
 
 この曲は以前は1874年の初稿と1878/80年の2稿という二つの形態で知られて来た。この二つの稿はブルックナーの全ての交響曲改訂の中で最も落差が大きく初稿と「第5」を書き上げ自己のスタイルを確立した後の作品である2稿とでは作風が大転換していて正に月とスッポン!天と地ほどの差がある。2稿の随所にある「天才の筆の冴え」は初稿にはまだ見られず続く「第5」への大発展はベートーヴェンの「第二」から「エロイカ」へのそれに匹敵する音楽史上の一大奇蹟だがここでブルックナーは対位法オタクの田舎作曲家から本物の大作曲家に大化けしてみせたのである。なおノヴァーク版2稿は1886年にニューヨークで演奏された際に行った改訂によるものでハース版との相違はいわば亜種程度。そして本日演奏される第3稿こそ弟子たちの手も入っているとはいえこの交響曲の最終形態なのである。これはどういうものかというと早い話がフルトヴェングラーやクナッパーツブッシュが使った「改訂版」と同じ稿態でありピッコロやシンバルの使用など様々なオーケストレーションの改変や2回目のスケルツォの短縮などが行われている稿である。
   以前出ていた原典版はハース版にノヴァーク版第1稿と第2稿の3種だけであり終楽章のみさらにもう1種類あるが、1889年に出版された初版も「第3」の3稿同様、その改訂と出版にブルックナー自身が関与していた事は疑いない。2004年、国際ブルックナー協会から晴れて原典版として出版されたコースヴェット編集による第3稿はフェルディナント・レーヴェが作成しブルックナー自身の数回の校閲を経たと言われる初版出版用原稿から作られたものであり実はあのハースすらもその印刷用原稿をこの交響曲の最終形態としてハース版に加え出版しようと企てていたのであった。
 この曲は1881年の初演は手書き譜の第2稿で演奏されたと思われるが、1889年の初版出版以来、ハース版が出版される1936年までずっと第3稿で演奏され続けて来た。そしてハースがブルックナーを悪しき「改訂版」から解放したというのが今まで大方のブルックナーファンの歴史認識だったのである。ハース版出版以降第3稿の演奏機会は極端に少なくなってしまい内藤彰によるコースヴェット版初演とCD化以降も事情は変わらなかった。それが昨年、東響や読響で相次いで再演されたあたりからどうやら潮目が変わって来たようである。
 第3稿の第2稿との最も大きな相違はフィナーレで運命の鉄槌が振り下ろされるような第1主題再現をカット。そしてそれに伴い展開部から諦観の念のような第2主題に直接繋げる必要から第2主題冒頭の調性が変わり弟子たちにより編曲されていることだろう。ブルックナーは何故カットしてしまったのか?だがこれは3番のフィナーレも同様であり重複感をなくすという彼のソナタ形式の進化を考えると必然のような気もする。他にも第1楽章冒頭のトレモロが2稿ではコントラバスまでキザミなのに3稿ではコントラバスだけが延ばしに変更されていることなど細かい相違があるがこれは9番でも踏襲されておりブルックナー自身、弟子たちの進言をなるほどと考えた公算が大きい。
 この交響曲は第7と並びブルックナーの全交響曲中、最も親しみやすい曲とされている。だが終楽章だけは例外でちょうどバッハのシャコンヌ付無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータのように終楽章だけが異様に重い。それもその筈ブルックナーは終楽章のみ一回多く改訂しており計4稿。通常使われるハース版もノヴァーク版2稿も第1〜3楽章までは2稿だが終楽章だけは「民衆の祭典」と呼ばれる2稿をさらにもう一度改訂した3稿が採用され今日演奏される終楽章は第4稿に当たる。そのためかこの曲の終楽章はブルックナーの交響曲でも最も深刻なものを含んでおり第5や第8をクレド「信仰宣言」の音楽とすれば、この終楽章は第9同様、神と一対一で対峙するような「信仰告白」と言えるだろう。特にコーダはまるで、ある英雄即ち殉教者のための葬送曲かレクイエムのようだ。変ホ長調はエロイカの調だがベートーヴェンは第9第1楽章のコーダも葬送行進曲にしており、或いはブルックナーの脳裏にも何かそういう一種の英雄伝説があったのかもしれない。金管を華々しく鳴らし解放されて終わってしまう第5や第8の終楽章コーダに比べ、絶望が絶望のままで光り輝く「ロマンティック」のコーダの方がもっとずっと深いものがあると考えるのは筆者だけだろうか。
 
●作曲年代
初  稿 1874年1月から11月まで。
第2稿 1878年1月から80年6月まで。以降86年まで細かい改訂が続く。
第3稿 1887年から88年2月まで。
●初  演
1881年2月20日(第2稿)。第3稿初演は88年1月22日。
両方共手書き譜によりハンス・リヒター指揮ウィーンフィル。
コースヴェット版(2004)としては2005年7月5日内藤彰指揮東京ニューシティ管弦楽団。
●楽器編成
フルート3(うち1本はピッコロ持ち替え)、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、バスチューバ1、ティンパニ、シンバル、弦5部
 

 (C)  浅岡弘和(音楽評論家)(無断転載を禁じる)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
                                     
 
 
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