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第31回 いずみホール定期演奏会 10月17日(水)
太田 弦 (C)ai ueda
チャン・ユジン (C) BONSOOK_KOO

第31回いずみホール定期演奏会
フレッシュなニュー・アーティストの共演
 
2018年10月17日(水)
<昼の部>14時30分開演 <夜の部>19時00分開演
いずみホール
 
「堂々とした」調性を共有する国民楽派2大傑作、若い個性で輝く
《確信を秘めたニ長調の選択》

 大阪交響楽団第31回いずみホール定期演奏会はチャイコフスキー「ヴァイオリン協奏曲」、シベリウス「交響曲第2番」と、クラシック音楽の名曲中の名曲が並んだ。
 18世紀に頂点を極めたバロック音楽の時代はシェーンベルクが「調性の破壊」に踏み切った20世紀以降と違い、それぞれの調性が明確なキャラクター、機能を担っていた。ニ長調のコードネームは「D」。神=deus(デウス)に通じて気高く、堂々とした精神を担い、押し出しも強い調性とされた。特にヴァイオリンでは弦の音すべてに対応、倍音の響きが豊かに広がり、華麗で明るい響きを得やすい。古典派の時代にかけては「勝利の音楽」の様相を強め、行進曲、交響曲の導入部やフィナーレなどで盛んに用いられた。ベートーヴェンとブラームスもチャイコフスキーと同じく、生涯ただ1曲のヴァイオリン協奏曲を残したが、調性には全員がニ長調を採用、最終楽章を大きく盛り上げている。
 チャイコフスキーは1881年、シベリウスは1902年。2曲の世界初演は古典派のさらに後、ロマン派音楽の時代に該当するが、日本の義務教育における音楽の授業でも2人はロマン派とは別の「国民楽派」のカートに入れられる。19世紀の終わりから20世紀の初めにかけてのヨーロッパは産業革命以降の経済発展が頂点に至り、新時代への期待が一種のユーフォリア(躁状態)をもたらしていた。音楽の世界ではイタリアやドイツ、フランスなどの「核心」ではなく、ドーナツ圏のロシアや北欧に生を受けた作曲家が西のヨーロッパで洗練を極めてきた形式と自国の民族音楽の融合を図り、新たな1ページを開いた。2曲には、イタリア旅行直後に作曲されたという共通点があるのも興味深い。
 

ピョートル・チャイコフスキー(1840-1893)
ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35
 
 ピョートル・イリイッチ・チャイコフスキー(1840〜93)は1877年、9歳下の教え子アントニーナ・ミリャコーヴァとの結婚にこぎつけたものの、1年で破綻。幸いにも鉄道王だった夫の遺産を相続した富豪のナジェジダ・フォン・メック夫人がスポンサーに名乗り出て、年金を受けられるようになったので、鬱からの脱出を図ったチャイコフスキーはスイス・ジュネーヴ湖畔のクラランに逃れて保養、さらにイタリアまで足を伸ばした。78年にはヴァイオリニストの友人がフランスのラロの作曲、サラサーテ独奏で初演され話題を呼んでいた「ヴァイオリン協奏曲第2番《スペイン交響曲》」の楽譜を携えて見舞いに訪れた。チャイコフスキーは徹底的に研究した後、自身のヴァイオリン協奏曲の作曲にとりかかった。
 約1ヶ月の最速で完成した新作は初演者に想定していたペテルブルク音楽院教授の大ヴァイオリニスト、レオポルド・アウアーに送られたが、アウアーは「演奏不可能」と拒絶した。「ピアノ協奏曲第1番」(1875)の世界初演をニコライ・ルビンシテインに断られたのと同じ悪夢が、再びチャイコフスキーを襲った。結局「ヴァイオリン協奏曲」の世界初演はペテルブルクではなくウィーン、アウアーではなく同じくロシア人のアドルフ・ブロツキーが引き受けた。当時の恐るべき評論家、エドゥアルド・ハンスリックが「悪臭を放つ音楽」とまで酷評したこともあって、滑り出しは散々な結果に終わった。
 ブロツキーが粘り強く各地で演奏を重ねるうち、アウアーも(後に「ピアノ協奏曲」の真価を認めてチャイコフスキーに謝罪、自身も積極的に独奏したルビンシテインと全く同じに)考えを改めた。そして弟子のハイフェッツやエルマン、ミルシテイン、ジンバリストらに奥義を熱心に伝授したため、「ヴァイオリン協奏曲」は不朽の名曲となった。

 
第1楽章はアレグロ・モデラート〜モデラート・アッサイ、ニ長調。激しい第1主題、優美な第2主題が交互に現れるが、カデンツァにさしかかる場面でオーケストラが爆発する第2主題は特に、人気がある。
 
第2楽章はカンツォネッタ、アンダンテ、ト短調。メランコリックで美しい歌が流れ、そのまま次の楽章に入る。

第3楽章はアレグロ・ヴィヴァーチェッシモ、ニ長調。ロシアの民族舞曲に基づく豪壮な第1主題、ひと息つくような第2主題が対照をみせつつ、大きく盛り上がって終わる。
 
作曲年代 1878年
初  演
1881年12月4日。アドルフ・ブロツキー独奏、ハンス・リヒター指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団。
ウィーンで。
楽器編成
独奏ヴァイオリン、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、ティンパニ、
弦5部
 
 
 
ジャン・シベリウス(1865-1957)
交響曲 第2番 ニ長調 作品43
 
 来年、2019年は日本とフィンランドが外交関係を結んで100年の記念年に当たる。自身のキャリアを有望な若手ヴァイオリニストとして始めたジャン・シベリウス(1865〜1957)はドイツ留学歴もあり、西ヨーロッパの古典をしっかり踏まえた上で、フィンランド人の魂(シス)に根ざした個性的作風を完成させていった。1809〜1917年の間、フィンランドは帝政ロシアの支配下にあり、シベリウスの音楽は、イタリア統一運動の精神的支柱となったヴェルディのオペラと同じく、自主独立を求めるフィンランド人の心情を代弁する役割も果たした。フィン族のルーツには、アジア人の血も流れている。
 シベリウス作品の多くはドイツやフランスで、「形式が不思議」「和声が独特すぎる」といった理由から長く不当に扱われていたが、英国と日本はフィンランド国外で最初に、その真価を認めた国である。日本ではフィンランド人を母に持つ大指揮者、渡邉暁雄が自ら設立した日本フィルハーモニー交響楽団と初のステレオ録音の交響曲全集を完成、世界で販売された。2019年には渡邉も生誕100年を迎え、日本フィルは現在の首席であるフィンランド人指揮者ピエタリ・インキネンとともに初めてフィンランドを訪れる。
 「交響曲第2番」はシベリウスが1900〜01年にかけて旅行した先、イタリアで思い浮かんだ楽想を用いたとされるが、直接の引用とかではなく、あくまで精神のイメージに基づき、独特の高揚感に結びつけている。古典交響曲の4楽章構成、ソナタ形式を踏まえつつ、第3〜第4楽章をそのままつなげ、大きなうねりをもたらすなど、シベリウス独自のドラマトゥルギー(作劇法)が随所にみられる。

 
第1楽章はアレグレット、ニ長調。温かく語りかけるように始まって次第に盛り上がり、静かに閉じる。
 
第2楽章はテンポ・アンダンテ、マ・ルバート〜アンダンテ・ソステヌートのニ短調。いくつかの主題にイタリアの影響を指摘されるが、民族音楽のようにも聴こえる。
 
第3楽章はヴィヴァーチェッシモ、変ロ長調。急激な動きの後にオーボエの牧歌的旋律が現れ、再度の高揚がそのまま、フィナーレへとつながる。
 
第4楽章フィナーレはアレグロ・モデラート〜モデラート・アッサイ〜モルト・ラルガメンテ、ニ長調。勇壮華麗な第1主題、やや感傷的な第2主題を経て、第1主題の壮大な再現で締めくくる。日本で「シベ2」といえば、このフィナーレのイメージが強い。
 
 
作曲年代 1901〜02年
初  演
ジャン・シベリウス指揮ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団 ヘルシンキで。
楽器編成
フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、弦5部
 
            
 
       (C)池田 卓夫(音楽ジャーナリスト)(無断転載を禁じる)
 
 
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