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第225回 定期演奏会   1月10日(木)
寺岡 清高

2019年1月10日(木)19時00分開演
 
2016~2018年度全6回シリーズ
ウィーン世紀末のルーツ
~フックスとブラームスから始まる系譜(6)
 
グスタフ・マーラー(1860-1911)
交響曲 第3番 ニ短調
 
 「自然交響曲」あるいは「田園交響曲」などと呼ばれることも珍しくない。グスタフ・マーラー(1860-1911)が作った、『交響曲第3番』をめぐる解釈の一例でもある。
 じっさい、この作品が着想され、作曲の筆が進められたのは、シュタインバッハという保養地だった。アルプスに囲まれた風光明媚な場所で、当時この村に滞在中のマーラーを弟子であるブルーノ・ワルター(1876-1962)が訪ねた際、風景の美しさに感嘆していると、「もう眺める必要はない、あれらは全部曲にしてしまったから」と師から告げられたというエピソードもある。マーラー自身が当交響曲について語ったコメントを見ても、繰り返し「自然」という言葉が出現する上、雄大な自然の響きを彷彿させるかのように舞台外にも楽器が配置され(第1楽章中盤の小太鼓、第3楽章で大活躍するポストホルン)、全6楽章構成という長大な構造の中に、広大な音響空間が出現する。
 というわけで、世界苦を一身に背負ったかのようなマーラー作品の中では、自然の息吹が詰まった明るい存在のように語られることの多い『交響曲第3番』だが、果たしてそうか?またマーラーが考えていた「自然」とは、一体何だったのか?
 
 第1楽章冒頭の旋律〔譜例1〕は、ヨハネス・ブラームス(1833-97)が『大学祝典序曲』にも用いたドイツ語の学生歌『僕たちは立派な学び舎を建てた』を彷彿させる〔譜例1のA〕。なおこの旋律は『大学祝典序曲』作曲以前にも、ブラームス本人の『交響曲第1番』の最終楽章に現れ、さらには彼を崇拝していたハンス・ロット(1858-84 マーラーの若き親友でもある)の『交響曲第1番』の最終楽章にも形を変えて採用されている。
だが当交響曲では、ブラームスやロットのように、この旋律がさらなる高みを目指して盛り上がるのではなく、開始早々いきなり崩壊を迎える。さらにそれに続いて、葬送行進曲を彷彿させる重苦しいリズムに乗り、トロンボーン(神の声を象徴する楽器であると考えられ、18世紀までは宗教音楽を中心に用いられてきたという経緯がある)が神秘的なメロディを演奏し始める。つまりは、これから曲が始まろうという最初の部分で崩壊した世界が、この先どのような変容を遂げてゆくのかが、当作品最大のテーマに他ならない。
 なお、先ほど触れた『僕たちは立派な学び舎を建てた』という学生歌は、19世紀前半に自由思想の取り締まりが強化され、学生運動が迫害されてゆく中で作られた。時代の嵐に見舞われる中で、たとえ物質的な学び舎が壊されようとも、そこで得た自由の精神は学生一人一人の中にいつまでも残る、という内容の歌詞である。ちなみにマーラーが楽友協会音楽院に学んでいた19世紀後半のウィーンでは、自由主義の台頭によってふたたび学生運動が盛り上がり、当学生歌も頻繁に歌われていた。そしてマーラー自身、そうした運動に共感を寄せる若者の一人だったのである。
 ところが、やがて運動そのものが分裂。参加者の一部が反ユダヤ主義を唱え始めるに及び、当のユダヤ人であったマーラーは大いに傷つく。じっさいこの時のショックが、当作品冒頭の崩壊現象に聴かれる、という解釈も存在するほどである。
 なおこの崩壊部分の下降音型〔譜例1のB〕に、アントン・ブルックナー(1824-96)からの影響を指摘する見方もある。またそれに従うならば、幾つかの巨大なブロックを置くかのように、冒頭の主題から派生した異なる楽想=聖歌風、行進曲風、戦闘風…の固まりを提示してゆく第1楽章の手法にも、ブルックナー的な要素を認められよう。(さらに言えば、この後の楽章の主軸を成す様々な主題も、冒頭の主題と密接な関係性を持っているが、この点においてもブルックナーが交響曲で用いた独自の手法からの影響を指摘できる。)
 いずれにせよ、ブラームスとブルックナーという異なる存在に影響を受けつつ、その先の地平を目指したマーラーの立ち位置が示された結果に他ならない。となると冒頭の瓦解も、単なる受け身の悲惨さではなく、それに正面から立ち向かい、旧弊な価値を自ら壊してゆこうとする挑戦者の所信表明、と取ることさえ可能だろう。実際マーラー自身、件の冒頭部分を含む第1楽章の序奏部に「森が私に語ること、岩山が私に語ること」、同楽章の主部に「牧神(パン)が目覚める、夏が行進してくる(デュオニソスの行進)」という標題をつけていたこともある(当解説では各楽章に元々の標題を記載する)。人間も自然の一部である一方、時として人間の作り上げたものすら破壊し尽くす力さえ秘めた自然=森や岩への省察、さらには既存社会の枠組みを打ち破る荒ぶる神々=牧神(パン)やデュオニソスへの着目。
 半時間以上の演奏時間を要する長大かつ劇的な第1楽章…ここまでが第1部、その後は第2部。マーラー自身、当交響曲の初演の際には、第1部と第2部の間に休憩をはさんでいた…が終わると、第2楽章(『野の花々が私に語ること』)に入る。愛らしい標題ゆえ、小ぶりの穏やかな楽章かと思いきや、さにあらず。中間部では突然嵐が訪れ、拍節も目まぐるしく変化する。美しい自然の裏側に潜む儚さと荒々しさ、生と死の瞬時の往還が明滅する。
 第3楽章(『森の動物たちが私に語ること』)もこの延長線上に位置しており、冒頭で示される長閑な民謡風の主題は、マーラーの『夏の歌い手の交替』という歌曲(「カッコウは死んでしまった」という一節から始まり、歌詞はマーラーではお馴染みの『少年の魔法の角笛』に基づく)に由来する。当楽章の途中にも狂乱の嵐が唐突に訪れるが、それにも増して印象的なのは、舞台の外からポストホルン(望郷を象徴する楽器)の響きがかすかに聴こえてくる箇所だろう。映画のフラッシュバックのごとき手法とも言えるが、そんな幸せの一瞬も荒ぶる嵐によって吹き飛ばされてしまう。
 再び全てが無に帰す中で、第1楽章冒頭の崩壊部分の直後に登場する吐息のような動機〔譜例1のC〕を基とした前奏に続き、アルト独唱が預言者のように歌い始めると、第4楽章(『夜が私に語ること』)。歌詞として用いられているのは、哲学者フリードリヒ・ニーチェ(1844-1900)の『ツァラトゥストラはこう語った』の一部で、昼の光ではなく夜の闇こそが、人間に永遠の喜びを与えるのだという悟りが歌われる。人間が徒に繁栄を求めた結果、袋小路に陥った19世紀のヨーロッパを批判したニーチェ。そんな彼が到達した世界観に、人間が作り上げた世界の儚さ、およびそれに対峙する自然の力を正面切って主題にした当交響曲が重なり合う。
 第5楽章(『朝の鐘が私に語ること』)は、打って変わって晴れやかに、少年合唱と女性合唱が鐘の音を模倣する中で始まる。ただし愉しげな響きとは裏腹に、歌詞自体は深刻な内容だ。具体的には『少年の魔法の角笛』所収の『三人の天使が歌っていた』のテキストが用いられ、イエスの弟子ペトロの深い懺悔の祈り(アルト独唱が担当)と、それを許す天使の合唱を描き出す。かのニーチェが、ヨーロッパの根本的病として批判したキリスト教的世界が扱われているが、人間存在の儚さや脆さがいかに救われうるのかという問題意識においては、第4楽章と表裏を成す存在となっている。
 第5楽章が消え去り、第6楽章(『愛が私に語ること』)に入ると、第1楽章冒頭で崩壊したあの主題が、素朴な祈りの調べに変容を遂げて奏でられる〔譜例2 これも第1楽章冒頭のAの部分の変奏=A’である〕。なおここでの「愛」とは、人間の罪、穢れ、悲しみ、痛みを帳消しにするために、自らの命を差し出したイエスの至高の愛のこと。とはいえ、教条主義的なキリスト教的世界観が示されているわけではない。ユダヤ教を信じるユダヤ人でありながら、キリスト教が支配するヨーロッパに溶け込もうと涙ぐましいまでの努力を払ったマーラー(若い時に参加した学生運動も、そんな姿勢の現れだった)。崩壊を遂げた自らのアイデンティティを甦らせるにあたり、彼が当作品で出した結論とは、愛らしくも恐ろしい自然に身を委ねきること、自然の中に現れた人智を超えた神の存在…この考え自体、伝統的なキリスト教においては長い間邪道とされてきた…に全てを任せることではなかったか。
   
 
譜例作成:森 洋久
 
   作曲年代 1895年(第2-6楽章)-1896年(第1楽章)
 初  演 〔第2楽章のみ〕
1896年11月9日、旧ベルリン・フィルハーモニー。アルトゥール・ニキシュ指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
〔第2・3・6楽章のみ〕
1897年3月9日、旧ベルリン・フィルハーモニー。フェーリクス・ワインガルトナー指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
〔全曲〕
1902年6月9日、クレーフェルト市民会館。作曲者指揮、ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団とクレーフェルト市立管弦楽団の合同合奏、ルイーゼ・ゲラー=ウォルター(アルト独唱)、オラトリオ協会女声合唱団、
聖アンナ児童合唱団
 楽器編成
フルート4(ピッコロ持ち替え)、オーボエ4(1名はイングリッシュホルン持ち替え)、クラリネット4(1名はバスクラリネット持ち替え、1名はEsクラリネット持ち替え)、Esクラリネット、ファゴット4(1名はコントラファゴット持ち替え)、ホルン8、トランペット4、コルネット、トロンボーン4、テューバ、ティンパニ2対、大太鼓、小太鼓、軍隊用小太鼓、シンバル付き大太鼓、ムチ、タンブリン、シンバル、トライアングル、タムタム、グロッケンシュピール、鐘、ハープ2、弦五部、
アルト独唱、児童合唱、女声合唱、舞台外にポストホルン、小太鼓
 
 
 
年譜作成:小宮 正安
 
 

曲目解説:(C)小宮 正安(ヨーロッパ文化史研究家・横浜国立大学教授)
 
歌詞対訳:(C)三ヶ尻 正
 
(無断転載を禁じる)
 
 
 
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