大阪交響楽団 2017年度 定期演奏会 曲目解説

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第219回 定期演奏会   6月29日(金)
エルンスト・タイス
小川 典子

 
2018年6月29日(金)19時00分開演 
 
アルノルト・シェーンベルク(1874-1951)
浄められた夜 作品4
 
 オーストリアの楽都ウィーン生まれ、靴屋を営む両親も音楽好きだったというアルノルト・シェーンベルク(1874-1951)は、21歳の時に勤め先の銀行が倒産したのを機に音楽で生きていくことを決意した。
 彼が作曲を学んだのは、3歳上のツェムリンスキー(大阪響の第206回定期[2016年12月]で彼の交響詩《人魚姫》をお聴きいただいた)。彼は大御所ブラームスの強い推挙で作曲家として頭角をあらわし、ワーグナーからの強い影響も混ざり合ったスタイルから出発しているので、シェーンベルクにもその影響は及ぶことになる。
 のちに無調や十二音技法など新たな挑戦で音楽の可能性を拓いていったシェーンベルクだが、本日お聴きいただく初期の傑作《浄められた夜(浄夜)》(1899年)にも、過去の音楽との繋がりを深く聴きとることができるだろう。
 彼は同時代を生きた詩人リヒャルト・デーメル(1863〜1920)の作品に深く感化され、その詩集『女と世界』(1896年)に収められた同題の詩をもとにこの曲を書いた。弦楽6人による原曲はいわば〈弦楽六重奏による交響詩〉。音楽は単一楽章ながらデーメルの詩をたどるように創られている。原詩の大意をしめしておこう。
 
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……月明かりの夜、寒々とした森を歩く恋人たち。女は苦しい秘密を男に語る。彼と出逢う前、母となることを夢みた彼女は愛なき男と結ばれ、今まさにその子をみごもっている。軽率を悔やむ彼女に恋人は「その子供を僕の子として産んでほしい」と語りかける。「見てごらん、冷たい海のような月夜にも温かさが通いあう…月の光が、その子と僕を変容させる……」
 
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 二人が静かに歩むような導入部に続いて、女が告白する秘密……その自責の念をあらわすように音楽は劇的に昂揚する。後半は音楽の雰囲気が変わり、月明かりを響かせるような部分から、男の語りだろうか。深い愛がすべてを変容させ、悲劇の一夜は浄められた夜となる。
 ちなみに、1902年におこなわれた弦楽六重奏版の初演でチェロを弾いていたのが、作曲家でもあるフランツ・シュミット。大阪響が寺岡清高の指揮で彼の交響曲全4曲を取り上げてきたのはご承知の通り、ウィーン世紀末の系譜は深く交わりあっているわけだ。
 そしてシェーンベルクは1917年、この作品を弦楽オーケストラ用に編曲する(六重奏をそのまま合奏に拡大し、低音のコントラバスを補強したうえで、あちこちで独奏も用いて響きの立体感と色彩を増している)。本日お聴きいただくのは1943年に改訂を加えた決定版だ。
 
●作曲年代
〔弦楽六重奏版〕1899年9月〜12月
〔弦楽合奏版〕   1917年編曲、1943年改訂
●初  演
〔弦楽六重奏版〕1902年、ロゼー弦楽四重奏団とウィーン・フィル楽員2名により、ウィーン楽友協会にて
〔弦楽合奏版〕   1921年、ウィレム・メンゲルベルク指揮ナショナル交響楽団により、ニューヨークにて
●楽器編成
ヴァイオリン2部、ヴィオラ2部、チェロ2部、コントラバス
 
 
 
リヒャルト・シュトラウス(1864-1949)
ピアノと管弦楽のための「ブルレスケ」 ニ短調
 
 南ドイツはミュンヘン生まれのリヒャルト・シュトラウス(1864〜1949)は、父がミュンヘン宮廷歌劇場のホルン奏者かつ音楽院の教授、母が著名なビール醸造業者の娘、という文化的で経済的にも不自由のない環境で育った。父やその同僚たちから音楽を学び、やがて優れた指揮者として各地の歌劇場で活躍をはじめ、数々の豪華絢爛たる交響詩の作曲家として名声を高め……20世紀前半を代表するオペラ作曲家として音楽界の頂点をきわめてゆく。
 本日お聴きいただく《ブルレスケ》は、そんなR・シュトラウス若き日の力作だ。─1885年秋、彼はドイツ中部のマイニンゲンで宮廷楽団の副指揮者となった。上司は当時大きな影響力を持っていた指揮者ハンス・フォン・ビューロー。若きシュトラウスは彼の優れたリハーサルを見学して多くを学び、指揮者として活動してゆく基礎を固めることになった。そして、ピアニストとしても高名だったビューローのために、ピアノとオーケストラのための協奏作品を書こうと思い立つ。
 ─1885年11月から翌年2月にかけて書かれたこの協奏作品(はじめは《スケルツォ》ニ短調と題されていたが初演時に改題)、ピアノ独奏は繊細な表現から豪放な轟きまで縦横無尽に駆けめぐり、鮮やかな色をみせる和声をオーケストラの巧みな書法が豊かに広げ‥‥当時作曲へのアドバイスも貰っていたブラームスの影響も色濃く残しながら、新時代を拓く青年ならではの野心にも満ちあふれている。なにしろ、冒頭でわくわくとリズミカルなテーマを奏するのがティンパニ4台の独奏(!)で、これは今も昔も斬新な楽器法だ。
 しかし、ピアノはカデンツァをはじめ途方もなく演奏至難。完成直後にマイニンゲン宮廷楽団と試演してみたシュトラウス自身も「とにかく非常に難しい」と洩らし、当のビューローにも演奏を拒絶されてしまう。手直しを考えながらも楽譜はしばらく放置され‥‥ワイマール宮廷歌劇場に第3楽長として赴任(1889年)した頃に出逢ったオイゲン・ダルベール(1864〜1932/リストに師事した名ピアニストで作曲家)の励ましでようやく初演にこぎつけた(同じ演奏会で交響詩《死と変容》も初演されている)。
 冒頭のみならず全曲にわたって《ブルレスケ》(おどけた、滑稽な、といった意)の名にふさわしく耳をくすぐる秀作、単一楽章のソナタ形式で書かれた小コンチェルトは、弱音で歌い出すティンパニ独奏の動機から始まる。すぐにオーケストラ総奏が生き生きと応え‥‥ピアノにあらわれる躍動的な主題が、オーケストラとの対話のなかで豪奢な雰囲気とおどけた表情を交互にみせて愉しい。曲調が静まると、ピアノ独奏は3拍子の(ワルツを思わせる)第2主題を歌い、オーケストラも優しく応える。展開部でもスケルツォ風の生命力と抒情的な歌のブレンドに色彩感も豊かで、細やかな表情の移ろいも味わいたっぷり。終わり方のあっけなさがまた洒落ている。
 
●作曲年代 1885年11月〜1886年2月
●初  演
1890年6月21日、オイゲン・ダルベール(ピアノ)リヒャルト・シュトラウス(指揮)アイゼナハ市立劇場にて
●楽器編成
独奏ピアノ、フルート2、ピッコロ、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、ティンパニ、弦五部
 
 
 
フランツ・シューベルト(1797-1828)
交響曲 第5番 変ロ長調 D485
 
 ウィーン近郊で教師の息子として生まれたフランツ・シューベルト(1797〜1828)は、幼くして楽才を発揮。11歳で宮廷礼拝堂聖歌隊に入ってからさらに瑞々しい成長をはじめる。コンヴィクト(寄宿制学校)の給費生として、音楽のみならず語学文学など広く教育を受けながら、生徒たちだけで編成されたオーケストラに近しく接する幸運にも恵まれる。彼がそこでヴァイオリンを弾き、副指揮者をつとめ、ハイドンやモーツァルト、ベートーヴェンの交響曲を実地で学んだことは、自身の創作にも大きな刺激を与える。
 既に13歳で作曲を始めていた彼は、16歳で交響曲第1番を完成させたというから早熟だ(ただし、31歳で亡くなるのでこの時点で既に人生の半分を折り返している)。初期の交響曲はコンヴィクトの生徒たちによるオーケストラで私演されていたが、1815年以降はヴァイオリン奏者のオットー・ハトヴィヒ邸で私的に開催されていたオーケストラ演奏会で私演され、本日お聴きいただく交響曲第5番もほぼ間違いなくそこで人々の耳に触れている。
 シューベルト19歳の1816年9月に書き始められて10月はじめには完成していたという、速筆ながら実り豊かな第5番は、暗い情熱をこめた前作(交響曲第4番《悲劇的》)と対になるような作品といえようか。ベートーヴェン的なるものへの対決/挑戦を思わせる第4番と比べて、モーツァルト的なるものへの親近へと立ち戻りながら、あらためて自身の個性を磨いているような印象を受ける作品だ。楽器編成でも、前作で使われていたトランペットやティンパニ、さらにはクラリネットまで省いた小編成に戻っており、ホルンも2本。必要最小限まで編成を絞り込むことで、曲想とサウンドがぴたり一致しているのは当然の話で、オーケストラの躍動も近しく楽しめる。
 とはいえ、爽やかなリズムが印象的にはじまる第1楽章[アレグロ]からして、楽器編成こそ前作から小さくしたもののそれとは関わりなく、内容的に負けないどころか、濃く瑞々しい充実を聴くことができる。歌心豊かな第2楽章[アンダンテ・コン・モート]では、のちの《未完成交響曲》へつらなってゆくような美しさも感じていただけるだろうか。第3楽章[メヌエット:アレグロ・モルト]は、モーツァルトの有名な交響曲第40番ト短調を思わせる(調性も同じ!)楽章。しかしやはり模倣ではなくシューベルトの呼吸を感じさせるあたり、とりわけトリオにその個性を聴くことができる。第4楽章[アレグロ・ヴィヴァーチェ]の軽やかな足どりにも偉大な先輩モーツァルトへの敬愛が響くが、躍動感にも陰翳美しく、清冽な抒情が生き生きと展開される素敵な音楽だ。
 
 
●作曲年代 1816年9月〜10月
●初  演
〔私的初演〕おそらく1816年、オットー・ハトヴィヒ家の私的オーケストラによる
〔公開初演〕1841年10月17日 ミヒャエル・ライターマイヤー指揮 ヨーゼフシュタット劇場にて
●楽器編成
フルート、オーボエ2、ファゴット2、ホルン2、弦五部
 
 
 
(C) 山野雄大(ライター[音楽・舞踊評論])(無断転載を禁じる)
 
小川典子写真 (C)武藤 章
 
 
 
 
 
                                     
 
 
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