大阪交響楽団 曲目解説 名曲コンサート 2016年度

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2016年度 名曲コンサート 曲目解説

 
 
第93回名曲コンサート   10月8日(土)
三ツ橋 敬子
牛田 智大

 
リストとシューマン
 
2016年10月8日(土)
昼の部 13時30分/夜の部 17時00分 開演


フランツ・リスト(1811-1886)
交響詩「前奏曲」 (S97)


  曲の冒頭に標題として「私たちの人生は、まさにその厳粛な第1音が死によって奏でられる知られざる歌に対する、一連の前奏曲[複数形]そのものではないだろうか?」と掲げられている交響詩。しかし、作曲者自身が正式名称として「ラマルティーヌの『瞑想詩集』による交響詩《レ・プレリュード(=前奏曲)》」と記しているにもかかわらず、この標題の詩はアルフォンス・ド・ラマルティーヌ(1790-1869)の詩ではない。リスト作なのである。
  しばしばたいへん根本的に誤解されているが、標題音楽や交響詩は、詩や物語「を」音楽「に」作曲したものではない(「標題音楽」という用語も「交響詩」という用語も、リストが1855年に音楽史上はじめて生み出した用語)。
  そもそもリストの交響詩「前奏曲」は、男声合唱曲「四大元素」に付けられた序曲として完成した。この合唱曲は、リストが1844年から45年にかけて作曲した、ピアノ伴奏による未出版の作品で、ラマルティーヌの忠実な弟子だったジョゼフ・オートラン(1813-1877)の詩を歌詞とする。「四大元素」の名前のとおり、「大地」「北風」「波」「星」の4曲からなっている。
  だから、「前奏曲」のなかのさまざまなメロディは、じつはオートランの詩に付けられた音楽であって、ラマルティーヌはまったく無関係なのである。たとえば、曲中何回も出てきて耳に残る、トロンボーンで強奏される「ド-↘シ↗ミ」という重要な主題も、「星」のメロディであり、「回転するこの地球に散在する人間」という歌詞が付いていた。
  交響詩「レ・プレリュード」と、「四大元素序曲」が同一作品だという事実は、100年来推測され、論争されてきたが、筆者が1991年11月にドイツで発見した手稿譜により、最終的にその事実が物的証拠とともに証明された。
 
作曲年代  1844~1855年
初  演  1854年2月23日 ワイマール リスト指揮
楽器編成  フルート3(ピッコロ持ち替え)、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、
トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、小太鼓、大太鼓、シンバル、ハープ、弦五部


フランツ・リスト(1811-1886)
死の舞踏 (“怒りの日”によるパラフレーズ) (S126)


「ピアノの魔術師」と呼ばれたリストは、生涯に編曲物を含めてピアノとオーケストラのための協奏的作品を14曲作曲している。そのうちピアノ協奏曲と題されているのは、変ホ長調の第1番(1835-1856)とイ長調の第2番(1839-1861)の2曲しかないが、「死の舞踏」(1847?-1862)もよく演奏される協奏的作品である。
  リストは1838年から、愛人マリー・ダグー伯爵夫人とともにイタリアのピサを訪れていた。ふたりは翌年カンポ・サント墓地を訪れ、オルカーニャによる(現在では、ブッファルマッコ作と考えられるようになった)のフレスコ画「死の勝利」(14世紀)およびホルバインのエッチング「死の舞踏」(1493)に深い感銘を受けた。
  死の舞踏は、ペストの流行以来、中世ヨーロッパに広まった、人間は身分に関係なくだれにでも平等に死が訪れるという死生観である。
  リストは若いころから死への強い願望があり、実際、彼の作品には「葬送」「葬送前奏曲」「葬送行進曲」や、野辺送りの「悲しみのゴンドラ」、死の象徴である「糸杉」など死にまつわる曲も多い。それを引き留めていたのは、カトリックへの深い信仰心であった。
  ピサを訪問してから約10年を経て、リストはグレゴリオ聖歌のセクエンツィア(続唱)「怒りの日」を用いて、ピアノとオーケストラのために死の舞踏を音楽化した。「怒りの日」は最後の審判を指し、葬式の音楽である。ベルリオーズの「幻想交響曲」(1830)やサン=サーンスの「死の舞踏」(1874)、ラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」(1934)をはじめ、現代に至るまで好んで用いられてきたメロディである。
  リストはその後改訂を重ね、1865年に最終稿を作り上げた。オーケストラによる「怒りの日」の主題呈示の後、短いカデンツァをはさみ、5つの変奏曲が繰り広げられる。
 
作曲年代 1847~1862年
初  演 1865年4月15日 デン・ハーグ(オランダ) ビューローのピアノ独奏、フェアフルストの指揮
楽器編成 独奏ピアノ、ピッコロ、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、
トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、シンバル、トライアングル、タムタム、弦五部




ロベルト・シューマン(1810-1856)
交響曲 第2番 ハ長調 作品61


  シューマンはリストの1歳年上で、世代が同じだけでなく、ハ長調の幻想曲(作品17、1836)をリストに献呈したところ、リストからはロ短調ソナタ(1852-1853)が返礼として捧げ返されるなど、非常に親密な関係にあった。ちなみに、シューマンはショパン(1810-1849)と同い年である。
  シューマンの交響曲第2番は、1845年7月にピアノ協奏曲イ短調を完成させた直後から作曲し始めたとみられる。9月には朋友メンデルスゾーン(1809-1847)にあてて「トランペットが頭に鳴り響いている」としたためており、これが「基本動機」となったようだ。
  じつはシューマンは1843年ごろから精神疾患が悪化し、翌年にかけて妻クララの演奏旅行に同伴するようになる。ついには転地療養のためにライプツィヒ音楽院の職を辞し、ドレスデンへと移る。
  1845年には小康状態を得て交響曲第2番のスケッチを完成させたものの、オーケストレーションは遅々として進まず、完成は1846年10月になってしまった。
  この交響曲は、シューマンの苦悩と闘争の結晶であり、ベートーヴェン的な「苦悩から勝利へ」を情感豊かに表現した作品といえよう。
  第1楽章 序奏部付きのソナタ形式の楽章。荘重な序奏部では、金管楽器によって付点リズムで「ド↗ソ」という5度跳躍のモチーフが奏される。これは全曲を統一する「基本動機」となる。
  主部は、やはり付点リズムで軽快なテンポとなる。闘争的な性格を有した楽章である。
  第2楽章 2つの中間部(トリオ)をもつスケルツォ楽章。図式で表せば、A-B-A-C-A-コーダ(終結部)となる。Aは無窮動的な主題。一つ目のトリオ(B)は、管楽器と弦楽器が交代しながら、3連符がつづく。二つ目のトリオ(C)は、静かでカノン風の音楽。最後に基本動機が金管楽器に登場して終わる。
  第3楽章 アダージョの緩徐楽章。一種のエレジー(哀歌)である。ちょうどこの曲を作曲する直前に研究していた、バッハ(1685-1750)の影響を指摘する声もある。
  第4楽章 ソナタ形式にもとづく楽章。主要主題は、メンデルスゾーンの交響曲第4番「イタリア」をほうふつとさせる。副主題は、アダージョ楽章のメロディの変形である。展開部がない代わりに再現部が拡大され、最後にもう一度「基本動機」が金管で奏されると、ますます熱気を帯びて、輝かしく終わる。


作曲年代 1845~1846年
初  演 1846年11月5日 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏会 メンデルスゾーン指揮
楽器編成 フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、トロンボーン3、
ティンパニ、弦五部
 
 
 
       (C) 野本由紀夫(音楽学・指揮)(無断転載を禁ずる)
 
 

 

 

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