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楽団員紹介

 
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インタビュー 荒木 雅美(チェロ奏者)
2017-01-01
— 入団された頃の思い出は。

メンバーになったのは32年前ですね。あっという間でした。もう2番目に古い団員になるんです。当時はみんな20代だったから、学生のクラブみたいな雰囲気で、チケットも自分で売る分が割り当てられて…。変わりだしたのは、やっぱりトーマス・ザンデルリンクさんが来てからですね。その頃、三洋電機さんがスポンサーに付いてくださって、担当の人たちと一緒に野球の試合をして親交もはかりましたよ。

— ザンデルリンクさんはどんな方でしたか。

音楽バカっていう人なので、シャツはズボンから出てるし、音楽以外は何もできない感じ。いつも私たちはキンダーガーデン(幼稚園児)って怒られてました。それでも腹を立てながらも、本番が終わると達成感があって、うちのオケが変わったきっかけは、やっぱりザンデルリンクかな。

— チェロを始めたのは。

相愛中学校にピアノ専攻で入ったんですけど、ピアノの競争に性格的についていけなくて、中学2年の時に「あんた身体大きいからチェロどうや」って言われたんです。それで始めたんですけど、もともと自分の声が低いからなのか、高い音には興味がないんです。やっぱり人間の声に近いと言われる音がチェロの魅力ですね。辞めないでこられたのは自分に合ってたんだなぁと思います。
— チェロを弾く、オーケストラならではの魅力って何でしょうか?
自分の楽器と他の楽器がきちんと響き合えた時の厚みですね。パートの中だけでなくて、音域の近いホルンとかトロンボーンとか、さらにオーケストラ全体が一体になった時の感覚です。

— 今までオーケストラと過ごしてきた中で、最も印象に残る出来事は?

阪神淡路大震災の時にちょうど妊娠中だったんです。私自身は大阪に住んでいたんですが、多くの人が亡くなりましたし、直後に神戸の無茶苦茶になった街並みを見てショックを受けました。その後(1995年の)5月の神戸の演奏会で、スメタナの「モルダウ」で月の光が照る部分を弾いていた時に、お腹の中にいる子供がポコポコって蹴ったんですよ。ああ命がここにあるんだって、こんな幸せはないなと、この命を大事に守りながら演奏を続けていければいいなと思いました。音楽って人間にとって密接なつながりがあるんだと感じましたね。主人も団員で同じ舞台に立っていたので、夫婦というよりも運命共同体のように同じモノを創り上げる場を共有していました。反省点はいっぱいあるんですけど、それも踏まえて幸せだったと思います。主人は亡くなりましたけど、今もずっと一緒にステージに乗っているような気持ちで演奏しています。もうあと何年かでこの生活も終わるかもしれませんが、良かったことしか浮かんでこないですね。
 
荒木雅美写真:(C)飯島 隆
 
聞き手/小味渕彦之(音楽学・音楽評論)
 
~プログラムマガジン2017年1・2号掲載~
 
 
 
 
 
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