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インタビュー 清水 恵美(ヴァイオリン奏者)
2020-08-05
— 長く、このオーケストラで活動されてきました。

自分としては初々しい気持ちのままでやってきたつもりだったんですが、よく考えてみれば、この楽団で27年お世話になっていることになります。この(コロナ禍で)何もできなくなった時に、寂しくて、穴があいたような気持ちになったということは、やっぱりここに自分の人生があったんだと思い知らされています。
3姉妹だったんですが、母が子供たちに違う楽器をさせたかったんですね。母に促されるように、4歳の時からヴァイオリンをやってきました。習い始めた頃の記憶がないんですが、写真なんかを見ると、上手に持って弾いてるんですね。多くの子供達が楽器を習う中で育ってきたので、苦労したというよりは、朝起きてヴァイオリン弾いて、学校行って帰ってきて、またヴァイオリン弾いて、週末にはみんなとの合奏に行ってと、生活の流れの中にずっと音楽がありました。

— ヴァイオリンを仕事にしようと思ったのは?

大学に入って先輩方を見ていて、大好きだった先輩たちが卒業して行った時に、音楽に全然関係のない仕事に就かれていくのを「なんでなんかな」と思って見ていたんです。そんな中で、誘われてオーケストラへ仕事に行くうちに、ヴァイオリンを弾くことが仕事になりました。当時は仕事が沢山ありました。20代はバブルの時代で、朝昼晩掛け持ちも多かったし、本当に忙しかったです。1993年に当時の大阪シンフォニカーに入団した頃は、トーマス・ザンデルリンクさんが来られていました。姉がチェロで団員になっていて、私もエキストラでは弾きに来ていたんですが、オーディションがあるということで、受けることになりました。

— ザンデルリンクさんは、どんな指揮者でしたか。

容赦のない厳しいリハーサルでしたね。それでも、あの時していただいたことで、このオケの底辺が上がったんだと思います。何をやっても、良くない良くないって怒られて、怖かったですけどもね。絶対的なものをお持ちで、音を手繰り寄せる力がありました。

— それから四半世紀以上が過ぎたわけですが、オーケストラも変わりましたか?

たくさん人の出入りもありました。練習場も淀川善隣館、パドマ幼稚園の時代から色々と変わりました。敷島博子さんと共にあった手弁当の時代から、全部が変わっていったわけですが、今は、環境が整って、若い人たちが気持ちよく演奏したいと思えるオケになって欲しいし、独自性を持って、存在感を示すことができるオケでいて欲しいです。

— 大阪交響楽団のいいところって何ですか?

柔軟性じゃないかなと思うんです。長く関わっている人たちが居座るのではなく、みんなが和気あいあいと接する中で、新しいことができるオケじゃないのかなと思います。

— オーケストラでヴァイオリンを弾いていて良かったと思える瞬間は?

本番でみんなの気持ちが一つになって演奏できることですね。それと、ソリストの方がいらっしゃる時の空気が変わる瞬間というのは、他のことには替え難いです。シルヴィ・ギエムさんが《ボレロ》を踊られた時は、あまりにも凄くって、釘付けになってしまいました。自分がその場にいられたことに感動しました。
 
 
清水恵美写真(C)飯島 隆
 
聞き手/小味渕彦之(音楽学・音楽評論)
 
~プログラムマガジン2020年度8・9月号掲載~
 
 
 
 
 
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