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長島喜一郎コラム

 

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第1回 メンデルスゾーン=バルトルディのスコットランド訪問
2016-04-01
 ヤコブ・ルートヴィヒ・フェリックス・メンデルスゾーン=バルトルディは、1829年20歳のとき音楽史上有名なバッハ『マタイ受難曲』の復活初演を果たし、そのすぐ後イギリスへ旅立ちました。これは教養を身につけるための旅でしたが、育ちの良いお坊ちゃまでイケメンの彼はロンドンの上流階級に受け入れられ、音楽的にも成功を収めます。このとき結ばれたイギリスとの絆は深く、彼は38歳で亡くなるまでに10回も訪れることになります。死の前年1846年の9回目の訪問では、オラトリオ『エリア』初演を果たしました。

 ロンドンの音楽シーズンが終わるとフェリックスは、友人で外交官のクリンゲマンと共にスコットランドへ旅立ちます。当時スコットランドはヨーロッパ知識人の憧れの地でした。これは1760年初頭にジェイムズ・マックファーソンが、スコットランド・ハイランド地方を舞台にした英雄譚を英語に翻訳して発表し大評判になったためです。この英雄譚は本来盲目の詩人オシアンによってゲール語で歌われたものとされています。たとえばゲーテは『若きウェルテルの悩み』で『オシアンの歌』を効果的に使っています。2人は7月26日にエディンバラに入り、30日にホリールード宮殿を見学しました。この宮殿はかつてスコットランド王の住居として使われました。女王メアリー・ステュアートの愛人リッチョがメアリーの夫ダーンリー卿らによって殺害された場所には目印と解説があります。宮殿脇に代々のスコットランド王が戴冠式を行った礼拝堂の廃虚があり、そこでフェリックスは後に交響曲第3番として知られることになる曲の冒頭17小節をスケッチしました。そのことを書いた手紙とスケッチが現存しています。

 エディンバラへ来た本来の目的は、文豪ウォルター・スコットを訪問することでした。彼はスコットランドの小説家としては初めて、存命中に海外でも成功を収めていました。現在日本ではそれほど知られていませんが、スコットランド出身の有名人としてエディンバラに大きな像が立っています。オペラ愛好家なら、ドニゼッティの『ルチーア』やロッシーニの『湖上の美人』の原作者として知っている方も多いでしょう。2人は7月31日にエディンバラの東南60キロほどのアボッツフォードにスコットを訪ねますが、ちょうど彼は外出間際で30分弱話す程度に終わりました。

 翌日から2人はハイランド地方各地を回り、7日にフォード・ウィリアムスを出航、9日にかけてオーバン、スタッファ島を船で巡りました。スタッファ島は島全体が、溶岩が固まって冷えるときに体積が縮んで出来た六角柱の規則的な柱状節理で出来ています。あちらこちらに洞窟があり、中でもフィンガルの洞窟は有名です。高さは20メートルほど、幅はもう少し狭く、奥行きは7~80メートルあります。洞窟奥へ波が打ち寄せ、引いていく様はこの世の絶景といえるでしょう。フェリックスは8月7日付けの手紙にヘブリディーズ諸島を見た印象を21小節のスケッチと共に報告しています。これが後に序曲『ヘブリディーズ諸島』の冒頭になるものでした。この時期めずらしく海が荒れて彼は重度な船酔いにかかりました。はたして8日にスタッファ島に上陸したのか定かではありません。不思議なことに洞窟に関して何の報告も残っていません。重要なことはスケッチが7日にオーバンでなされたもので、スタッファ島で書かれたのではないことです。日本では序曲『ヘブリディーズ諸島』は『フィンガルの洞窟』という名が一般的です。これは出版者が付けたもので、その方が受けがいいと判断したためと思われます。

 フェリックスの霊感を呼び起こさせたスコットランド訪問でしたが、その後諸事情で作曲はなかなか進展しませんでした。序曲『ヘブリディーズ諸島』は1830年に作曲された後、1832年に改訂され完成しました。しかし交響曲第3番ができあがったのはようやく1842年になってからでした。なお『スコットランド』という名はフェリックスの死後に一般化したもので、作曲者の与り知らぬところなのです。
 
音楽ジャーナリスト 長島 喜一郎
「プログラム・マガジン」2016年4・5月号掲載
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