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長島喜一郎コラム

 

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第8回 ブラームスの夏
2017-09-25
 
 
第 8 回 ブラームスの夏
 
 大阪交響楽団の演奏会にご来場された聴衆の皆様にとって、ブラームスの曲を聴くのに適した季節はいつでしょうか? 私の友人は、重厚なブラームスの音楽は秋の夜長にぴったりだと言い続けています。それが正しければ、この秋のプログラミングは正解ですね。
 しかし今回のテーマは、あえて「ブラームスの夏」としました。彼は夏の間、避暑地に滞在して作曲に励むことが常でした。1862年秋のウィーン・デビュー以降の主な滞在場所を表にまとめると13箇所もあります! 夏の間に滞在場所を変えた例が他にもあるので、実際にはもっと多いのです。19世紀も半ばを過ぎて鉄道網が整備されたこともありますが、それにしてもいろいろな土地を訪問したものです。
ブラームスに限らず、こうした夏の滞在場所を訪問することは、情報が少なく非常に困難です。ずっと住み続けた家と違い、夏の一時なので忘れ去られる場合もあるでしょう。現地の観光案内所に手紙を書いても、どこも回答がありませんでした。今回はヴェルター湖畔の風光明媚な町ペルチャッハ(オーストリア南部 イタリアとの国境近く)を例にしましょう。私が現地を初めて訪問した25年前にはもちろんSNSなどありませんでした。現在はネットでもう少し情報が得られるかと思い試してみましたが、余り変わっていません。
 私はブラームスが滞在した家がホテルになっているらしいことを突きとめ、入口そばに立っているという像の写真を撮ろうとしました。しかしありません。ホテルの客のふりをしてそっと中庭へ入り、もう一つの開かずの門の裏に回りこむと、はたして大木の下に門に向かって像があり、ここがかつて彼の滞在した家だと想像できました。台座に「ヨハネス・ブラームス 1877-78」とありました。1877年にブラームスはペルチャッハで交響曲第2番を作曲しました。20数年かけてようやく前年に発表された第1番と違い、第2番は明るい楽想に満ちています。交響曲を作曲しなければならないという重圧から開放されたためと言われています。親友のテオドール・ビルロートがこの交響曲を聞いて語ったとされる「ペルチャッハは美しいところに違いない」という言葉は大変有名です。
 数年後、私はブラームスが1878,79年に滞在した家の情報を得て、写真と住所をたよりに探すと、1877年に住んだ家の反対側でした。私が訪問した頃の外観は、あまり品の良いものではなく、ブラームスがここに住んだと書かれていました。ここで作曲された作品は、ヴァイオリン協奏曲とヴァイオリン・ソナタ第1番です。交響曲と対照的にブラームス独特の渋い世界に戻っている感じです。夏としては雨が多かったせいと言われていますが、真偽は不明です。交響曲第2番が特別なのでしょう。今年の4月12日付Kleine Zeitung紙電子版によると、この家は最近取り壊され更地になりました。悲しい限りです。
 湖畔の町ハンブルクに生まれたブラームスは当時の一般人と違い、泳ぐことができたそうです。湖で泳ぎ、裸に近い格好で家に戻ったため周囲の人にたいそう驚かれた逸話が残っています。どこでの話か分りませんが、ペルチャッハの人に驚かれ指差されているブラームスを想像すると楽しいですね。
 

(写真左)ブラームス像
Hauptstraße 228, Pörtschach

(写真右)1878,79年に滞在した家
Hauptstraße 221, Pörtschach
 
表:夏の滞在場所
 
 
音楽ジャーナリスト 長島 喜一郎
「プログラム・マガジン」2017年9・10月号掲載
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