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長島喜一郎コラム

 

クラシック・おもちゃ箱

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第6回 評論家ハンスリック
2017-04-14
第 6 回
評論家ハンスリック

  ワーグナーのオペラ『ニュルンベルクのマイスタージンガー』にベックメッサーという役があります。ドイツ語の辞書に「あら捜し屋」なる意味が載るようになった役ですが、当初ワーグナーはこの役にハンスリッヒという名前を付けていました。これは彼を批判する評論家ハンスリックに当て付けたものでした。
  エドゥアルト・ハンスリックは1825年にハプスブルク帝国プラハに生まれ、大学で法学を学びました。音楽は独学だったようです。1854年に「音楽美論」を発表。この理論に基づいて、亡くなるまでウィーンの主要新聞に音楽評論を執筆しました。また1856年からはウィーン大学で音楽美学と音楽史の講座を担当しました。彼の理論は岩波文庫から邦訳が出ていますが、非常に難解です。いろいろな解説を読む限り、彼はワーグナーに代表される過剰な音響による感情の高揚や、リストのように音楽で具体的な情景や雰囲気を描写することに反対し、音楽そのものの美しさを称えて絶対音楽を評価したようです。
  ハンスリックが最も評価した同時代の作曲家はブラームスでした。ハンスリックが書いたブラームスの交響曲のウィーン初演評を読むと、明晰で現在でも十分通用する批評文であったことが分ります。しかし一方で彼は自分の美学に合わない作曲家・作品に対して、情け容赦のない毒舌家でした。たとえばリストのピアノ協奏曲第1番について、第3楽章でトライアングルが多用されていることを皮肉って「トライアングル協奏曲」と揶揄しましたし、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲の世界初演(ウィーン1881年12月4日)の際には、「悪臭を放つことを聞く音楽作品もあるのかもしれないというぞっとする考えを初めて我々に懐かせる」と書いています。こうしたハンスリックの批判を恐れ、ウィーン・フィルは彼の気に入る曲を多く演奏するようになり、音楽界は保守化して行きました。またブラームスを擁護する一派と、先進的なワーグナーを支持する一派の対立が鮮明化して行ったのでした。もっともブラームス自身はワーグナーの音楽を嫌いではなかったので、ワーグナーからの攻撃に内心は複雑でした。そして自分を持ち上げてくれたハンスリックに恩義を感じつつも、彼は自分の音楽を理解していないようだとこぼしたそうです。
  ハンスリックは1845年にドレスデンで初演されたワーグナーの『タンホイザー』を実際に聞き、当初は評価していました。しかし次第に自分の美学に相容れないものとして彼の音楽を攻撃するようになります。そこでワーグナーは『マイスタージンガー』を書きました。ベックメッサーは騎士ワルターが自分達マイスタージンガーの決めた作曲法に合致しないと批判しますが、ワルターは主人公ザックスの助けで素晴らしい歌を披露して聴衆は感動。一方ベックメッサーはうまく歌えずに散々ののしられます。こうしてワーグナーは新しい音楽を認めないベックメッサー(=ハンスリック)を笑いものにしたのでした。
  筆の立つワーグナーと違い、口下手で最も被害を受けたのはブルックナーでした。彼はワーグナーを尊敬し、交響曲第3番を献呈したほどでしたので、ハンスリックにたびたび批判されました。交響曲第7番の成功で勲章を授与された際に皇帝から望みを問われて、ハンスリックが悪口を書かないようにして欲しいと言ったという逸話は有名です。皇帝もさぞ困ったことでしょう。晩年ウィーン大学はブルックナーに名誉学位を贈ろうとしましたが、ハンスリックは教授会で最後まで反対し、彼が退席した後にようやく決りました。
  作品を後世に残すことのできる作曲家と違い評論家は一般にすぐに忘れ去られるものですが、「音楽美論」は音楽論の古典として現在も読まれていますし、彼が引き金を引いたブラームス派対ワーグナー派の論争は音楽史を語る上で欠かすことできない歴史の1ページとなりました。ある意味で稀有な評論家と言えるでしょう。


キャプション
ウィーン大学構内の像
ハンスリックの墓(ウィーン中央墓地)

 
 
音楽ジャーナリスト 長島 喜一郎
「プログラム・マガジン」2017年4・5・6月号掲載
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