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長島喜一郎コラム

 

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第14回 ロッシーニのベートーヴェン訪問
2018-07-06
 ロッシーニにどのようなイメージをお持ちでしょう? 流麗なメロデイ、技巧的なコロラチューラ、長いスパンで次第に音が大きくなっていく、いわゆるロッシーニ・クレッシェンドといった感じでしょうか。いずれにせよ軽いイタリア・オペラの典型と考えている方が多いと思います。しかしボローニャで音楽を勉強していた頃の憧れは、ハイドン、そしてなんと言ってもモーツァルトで、音楽院での師マッテーイ(かつてモーツァルトを教えたことのあるマルティーニの後任)が、「ドイツ坊や」なるあだ名をつけたほどでした。ロッシーニは1822年4-7月に初めてイタリア語圏を越えウィーンを訪問。約100日の滞在期間中にケルントナートーア劇場とアン・デア・ウィーン劇場で4作品が63回も上演されるという大フィーバーを巻き起こしました。その際彼はハイドンやモーツァルトを継ぐドイツ系の作曲家としてベートーヴェンを訪問したと言われています。しかし詳細は長らく公にされることはなく、ようやく1855年になってフェルディナント・ヒラーが次のように書きました。
【ウィーン滞在中、とロッシーニは語った。私は老カルパーニを通じて彼を紹介してもらいました。しかし彼の耳が聞こえないことと、私がドイツ語に無知なことで、会話は不可能でした。少なくとも彼に会えたことで満足です。】
 一方ベートーヴェンの雑役係だったシンドラーは、1860年に次のように書きました。
【ロッシーニは2回出版商D.アルタリアを伴って、ベートーヴェンに面会を得るよう試みた。アルタリアがマエストロと訪ねてもよいかどうか2回問い合わせたあとで、ただベートーヴェンはいつも断わらせた。】
 評論家ハンスリックは1867年にパリでロッシーニと会談し、次のように報告しました。
【「ウィーンに滞在した際に私は急いで彼を訪問しました。」「シンドラーや他の伝記作家が断言するように、彼はあなたに面会の許可をしなかったのですね。」「その反対です。」とロッシーニは私の発言を訂正した。「イタリア人の詩人カルパーニを通じてベートーヴェンのところに紹介してもらいました。その前に彼とサリエーリも訪問しました。ベートーヴェンはすぐに非常に丁重に迎えてくれました。もちろん訪問は長くありませんでした。というのはベートーヴェンとの会話はまさに具合が悪かったので。その日彼は酷く聞こえず、大声で話しても私の言ったことを理解できませんでした。彼のわずかなイタリア語の習得も会話を困難にしたかもしれません。」】
 1906年、エドモンド・ミショットは、1860年にワーグナーがロッシーニを訪問した際の会話を出版しました。その中にベートーヴェンが語ったとされる有名な一節があります。ただしこの報告は、現在では創作と考えられています。
【われわれ(ロッシーニとカルパーニ)が部屋に入った時、あの人は校正刷りを訂正している様子で、しばらくはわれわれに何の注意も払われませんでした。それから不意に顔を上げると、かなり明瞭なイタリア語で私に言いました。「ああロッシーニ! あなたですね、『セビリャの理髪師』の作曲者は。おめでとう、あれは素晴らしいオペラ・ブッファだ。スコアを読んだが実に愉快だった。イタリア歌劇が存在する限り上演され続けるでしょう。あなたはオペラ・ブッファ以外のものを書いてはいけませんぞ。他の分野で成功しようと考えたら、それはあなたの天分を歪めることになるでしょう。」】  (水谷彰良:『ロッシーニと料理』から引用)
 近年、ウィーン・ベートーヴェン協会の会長ブラウナイスは、ウィーン市立図書館手書きコレクションに死蔵されていたアントン・グレーファーの手書きの自伝草稿(1850年)を発掘しました。グレーファーはベートーヴェンと面識があり、1827年9月に彼の伝記を書く予定(結局中止)で資料を多く集めた人でした。
【私は彼(注:ベートーヴェン)がカイザーシュトラーセに住んでいる時に、マエストロ・ロッシーニを彼のところに案内した。聴衆はこのイタリア人を世のすべての作曲家の中で最も崇めそやしていたけれども、ベートーヴェンは何度も兄弟のように心から彼を抱擁し、彼の才能を高く評価した。この高貴な男には芸術家の妬みがなかったので。】
 音楽・オペラ研究家 水谷彰良氏は最近ある雑誌にミショットまでの報告を取り上げ、楽聖の住居を訪ねて対面を拒否されたロッシーニが傷つき、後年周囲の問いに「会ったけれど話が通じなかった」とお茶を濁したのだとしました。しかし私は、グレーファーの証言から少なくとも会ったことだけは確かだと思います。皆様はどう考えられますか?
 
左から
写真1:ロッシーニ生家/Via Gioacchino Rossini, 34,Pesaro
写真2:ロッシーニ像(ロッシーニ音楽院)/Piazza Olivieri 5, Pesaro
 
 
 
音楽ジャーナリスト 長島 喜一郎
「プログラム・マガジン」2018年11・12月号掲載
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