大阪交響楽団 2016年度 定期演奏会 曲目解説

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第206回 定期演奏会   12月8日(木)
寺岡 清高
小林 美樹

2016~2018年度全6回シリーズ
ウィーン世紀末のルーツ
~フックスとブラームスから始まる系譜(2)
 
2016年12月8日(木)19時00分開演 
 

エーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルト(1897-1957)
「雪だるま」前奏曲とセレナーデ (ツェムリンスキー編)


  19世紀末から20世紀初頭にかけて花咲いたウィーンのいわゆる「世紀末文化」は、時として早熟の天才を輩出した。その典型が、エーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルト(1897-1957)である。
  彼の父親はユリウス・コルンゴルト(1860-1945)。当時オーストリア帝国の支配下にあったブリュン(現在はチェコのブルノ)生まれのユダヤ人であって、1901年には一家(妻と息子2人…その次男にあたるのがエーリヒ・ヴォルフガング、以下「コルンゴルト」と表記)を引き連れ、ウィーンへと移住した。この街の有名新聞の1つ、ノイエ・フライエ・プレッセ(新自由新聞)で文芸欄の編集者となるためで、やがては音楽批評の執筆をも受け持った。(なおこれは、同紙の音楽批評を長年にわたって担当し、ヨハネス・ブラームス(1833-97)の熱烈な支持者でもあったエドゥアルト・ハンスリックの後任ポストだった。)しかもユリウスは、当のハンスリックから酷評を受けたグスタフ・マーラー(1860-1911)をはじめとする若い世代の音楽家の作品にも理解を示していった。
  このような父親のもと、特に次男のコルンゴルトは幼い頃からピアノや作曲において才能を開花。それに気付いたユリウスの働きかけで、楽友協会音楽院の教授だったローベルト・フックス(1847-1927)に師事するようになる。また、これもユリウスの伝手でマーラーに面会した結果、マーラー直々にアレクサンダー・フォン・ツェムリンスキー(1871-1942)を紹介され、彼から大きな影響を受けることとなった。そうした中で1910年に初演されたバレエ作品が『雪だるま』である。コルンゴルトが作曲したピアノ用の版にツェムリンスキーがオーケストレーションを施し、ウィーン宮廷歌劇場で皇帝フランツ・ヨーゼフ(1830-1916)の列席の下で初演された。
  『雪だるま』は話の内容こそ子供向けで、美女に恋した道化が雪だるまに扮装し、彼女に横恋慕する金持ちを追い払うという粗筋だ。本日取り上げられる『前奏曲』はワルツを中心にした構成でバレエの幕開けに、また『セレナーデ』は雪だるまの格好をした道化が意中の美女の住まいの窓辺でヴァイオリンを奏でながら愛の調べ=セレナーデを奏でる場面で演奏されるもの。ただし音楽的内容は、マーラーやツェムリンスキーによって築き上げられつつあった後期ロマン派の影響をふんだんに受けており、官能性に溢れた和声や触れなば落ちんばかりの爛熟しきったメロディラインは、大人顔負けである。
 
   作曲年代
 1908年(ピアノ版)、
 1910年(ツェムリンスキー編曲によるオーケストラ版)
 初  演
 1910年10月4日 ウィーン フランツ・シャルク指揮 
ウィーン宮廷歌劇場管弦楽団
 楽器編成
 フルート2(ピッコロ持ち替え)、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、
トロンボーン3、ティンパニ、シンバル、トライアングル、小太鼓、グロッケンシュピール、ハープ、弦五部



エーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルト(1897-1957)
ヴァイオリン協奏曲 二長調 作品35


  その後もコルンゴルトは華々しい活躍を続けるが、1930年代にオーストリアにファシズムの嵐が吹き荒れるようになるとハリウッドの映画音楽の仕事を増やし、アメリカ合衆国に度々滞在。1938年にユダヤ人迫害を掲げるナチス・ドイツがオーストリアを併合するとアメリカに事実上亡命の身となり、ついには市民権も獲得した。
  そのような激動の時期に、映画音楽作曲の合間を縫いながら、数年もの歳月をかけて作られたのが『ヴァイオリン協奏曲』である。コルンゴルトが、古巣である「クラシック音楽」の分野で再び勝負をかけた1曲であって、ニ長調という調性はこのジャンルで傑作を残したウィーン縁の先達ブラームスを意識したものといえよう。実際、独奏ヴァイオリンとオーケストラとが密接に絡まり合って曲が進行してゆくという内容は、ブラームス自身によって切り開かれたスタイルに他ならず、彼に続く後の世代が多かれ少なかれ影響を受けたものだ。
  とはいえ、このヴァイオリン協奏曲はもちろんブラームスの真似事などではない。曲中にはハリウッド映画のためにコルンゴルト自身の書いたメロディがそこかしこに用いられており(第1楽章の第1主題は『沙漠の朝』、第2主題は『革命児ファレス』、第2楽章では『風雲児アドヴァース』、第3楽章では『王子と乞食』等々)、その豊満かつ豪華な響きは聴き手を片時も飽きさせることがない。またアメリカ発祥のジャズの技法が曲の随所に散りばめられている他、オーケストレーションにおいても特にヴィブラフォンや木琴の使用に映画音楽の技法が現れているなど、極上のエンタテイメント作品としても楽しめる。
  それでも当協奏曲が、単なる映画音楽の焼き直しやムード音楽の亜流に陥っていないのは、コルンゴルトがあくまでクラシック音楽のジャンルに立ちながら、映画音楽においてもクラシック音楽の技法を惜しげもなく使ったからだろう。なお初演の実現にあたっては、少年時代の彼を激賞したマーラーの元妻であるアルマ・マーラー・グロピウス・ヴェルフェル(1879-1964)…彼女もまたナチスの猛威を逃れアメリカへと渡っていた…の尽力が大いにあった。


   作曲年代  1937-1945年
 初  演  1947年2月15日 セントルイス ヤッシャ・ハイフェッツ独奏 ヴラディミール・ゴルシュマン指揮
セントルイス交響楽団
 楽器編成
 フルート2(ピッコロ持ち替え)、オーボエ2(イングリッシュホルン持ち替え)、クラリネット2、バスクラリネット、
ファゴット2(コントラファゴット持ち替え)、ホルン4、トランペット2、トロンボーン、ティンパニ、大太鼓、
シンバル、ヴィブラフォン、シロフォン、グロッケンシュピール、チェレスタ、ハープ、弦五部、独奏ヴァイオリン



アレクサンダー・フォン・ツェムリンスキー(1871-1942)
交響詩「人魚姫」


  ツェムリンスキーは、ウィーン在住の裕福なユダヤ人一家の息子として産声を上げた。そしてきわめて文化的な家庭環境の下、幼少期から音楽の才能を現し、当時の最先端をゆく対象的な2人の作曲家=ブラームスとリヒャルト・ワーグナー(1813-83)の作品に影響を受けるようになる。13歳の若さでウィーン楽友協会音楽院に入学し、最終的にはピアノをアントン・ドール(1833-1919)、音楽理論をフランツ・クレン(1816-97)とフックスの下で学んだ。しかも、ピアノ科を優秀な成績で卒業した後も同音楽院に通い続け、フックスの兄であるヨハン・ネポムク・フックス(1842-99)から作曲を本格的に学んでいる。
  なおフックス兄弟は、ワーグナーや彼の義父でもあったフランツ・リスト(1811-86)に代表される「新ドイツ楽派」に懐疑的な姿勢をとっており、ブラームスに代表される古典的枠組を維持した作風を好んでいた。こうしたこともあって、ツェムリンスキーも当初はブラームス風の作品を発表してゆくのだが、やがてそこにワーグナーの影響をも加味した独自のスタイルを編み出してゆく。ハンス・クリスチャン・アンデルセン(1805-79)のメルヘンに基づくオーケストラのための幻想曲『人魚姫』もその1つ。そもそもは2部=全4楽章から成る交響曲として構想され、最終的には新ドイツ楽派の好んだ交響詩…しかも単一楽章ではなく、交響曲のごとく3楽章構成となっている…として完成された。(交響詩と交響曲の境界線の柔軟さは、すでにマーラーが交響詩/交響曲『巨人』でも実践していたことである。)
  そのマーラーとの関係だが、ツェムリンスキーは彼を非常に尊敬し、マーラーもツェムリンスキーの2作目のオペラ『昔々』を、自ら監督を務めていたウィーン宮廷歌劇場で初演させている。そのいっぽう、ツェムリンスキーの女弟子であり、彼の恋人でもあったアルマと結婚してしまうといった具合に、ツェムリンスキーにとってマーラーとは、恩人であると同時に恋敵でもあった。しかもこの失恋体験はツェムリンスキーの創作活動に大きな影響を与え、普通の人間の姿をしていないがゆえに最後には恋に破れるという主人公を題材にした作品を、彼は折に触れて書いてゆくようになった。(ツェムリンスキー自身、みずからの容貌に浅からぬコンプレックスを抱いていた。)
  『人魚姫』も、この方向性の上に作られた1曲であって、第1楽章は深海の描写…その中に、管楽器による「人魚姫の自我と悩み」(譜例1)の動機とヴァイオリン独奏による「人間の世界への憧れ」(譜例2)の動機が明滅する…に始まり、嵐の中で王子の船が難破する中間部を挟み、終結部では王子を救い出したものの、人魚が人間の前に姿を現してはいけないという掟の前にそれを黙っていざるをえない人魚姫の哀しみが描かれる。第2楽章では、足を得る代わりに声を失った人魚姫が、人間界で王子の主催する舞踏会を目撃する。上記2つの動機を含むいくつもの動機がワルツ風のリズムの中に絡まり合うが、特に重要なのが、それまでも断片的に現れてきた動機が形を成し、管弦楽の全奏によって荘厳な響きとなって姿を表す「不滅の魂」(譜例3)だろう。第3楽章はこれら3つの動機が形を変えつつ幾度となく用いられ、王子の結婚を知った人魚姫の落胆と怒り、王子殺害の決意と躊躇いが描かれた末、海中へ身を投げた彼女の魂が浄化され、天に昇る様を描き出す。ワーグナーが楽劇『トリスタンとイゾルデ』で追求した「愛の死」の思想を受け継いだエンディングに他ならない。
  初演は、ツェムリンスキーの弟子であり義弟でもあったアルノルト・シェーンベルク(1874-1951)が、これまた「愛の死」をテーマとする交響詩『ペリアスとメリザンド』を初演したのと同じ演奏会でおこなわれた。
 

   作曲年代  1902-1903年
 初  演  1905年1月25日 ウィーン 作曲者指揮 ウィーン演奏会協会管弦楽団
 楽器編成
 フルート4(ピッコロ2持ち替え)、オーボエ2、イングリッシュホルン、
クラリネット2、Esクラリネット、バスクラリネット、ファゴット3、ホルン6、トランペット3、トロンボーン4、
テューバ、ティンパニ、テューブラベル、トライアングル、シンバル、グロッケンシュピール、ハープ2、弦五部

 
 
(C)小宮正安(ヨーロッパ文化史研究家・横浜国立大学教授)
 
     譜例作成:森 洋久 /年譜作成:小宮正安
 
                                                                 (無断転載を禁じる) 
 
 小林美樹写真:(C)Shigeto Imura                                  
 
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