大阪交響楽団 2016年度 定期演奏会 曲目解説

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第204回 定期演奏会   9月9日(金)
ロレンツォ・ヴィオッティ
長富 彩


2016年9月9日(金)19時00分開演 

リヒャルト・ワ-グナ-(1813-1883)
ジ-クフリ-ト牧歌


  19世紀における傑出したオペラ作曲家というだけでなく、現在までも彼の書いた音楽が影響を与え続けている作曲家、それがリヒャルト・ワーグナー(1813〜1883)である。その人生は波乱に満ちていて、真の成功をつかむまでには数多くの試練を乗り越えなければならなかった。特に1849年のドレスデンにおける「三月革命」への参加、その革命の失敗によって、ワーグナーはドイツに居住することが出来なくなり、フランツ・リストを頼ってスイスへ逃れ、チューリヒなどで過ごすことになる。一種の亡命時代の始まりである。しかし、この時代はワーグナーにとって重要な作品が書かれた時代でもあった。大作「ニーベルングの指環」を書き始め、「トリスタンとイゾルデ」を完成させた。
  1860年代にドイツからの追放令は解除され、当時のバイエルン国王であったルートヴィヒ2世との交流も始まったのだが、ワーグナーは指揮者ハンス・フォン・ビューローの妻であったコジマ(フランツ・リストの娘)と不倫関係となり、まず娘イゾルデが生まれる。その後、ワーグナーの妻ミンナが病死し、ビューローとコジマの離婚も成立し、ようやくふたりは1870年に結婚することになった。その前年1869年には息子であるジークフリートも生まれていた。
  当時ワーグナーはスイスのルツェルン湖畔のトリープシェンに自宅を構えていたのだが、その自宅で1870年の12月25日、コジマの誕生日に初演されたのがこの「ジークフリート牧歌」である。小規模なオーケストラによるこの美しい交響詩は、秘かに準備されたオーケストラによって、自宅で初演された。オーケストラはその邸宅の階段の上に並んで演奏したという。私宅での演奏のためにオーケストラのメンバーを集めたのは、当時ワーグナーの弟子であったハンス・リヒターで、彼はチューリヒまで出かけてオーケストラ・メンバーを選び出した。そして自分自身もヴィオラとトランペットの演奏を受け持った。その隠密行動は、妻コジマに疑念を抱かせたのだが、すべてこの「ジークフリート牧歌」のための行動だったということが分かり、コジマの信用を取り戻したと言う。現在トリープシェンの邸宅はワーグナー博物館となっている。
  さて、その「ジークフリート牧歌」だが、あくまでもワーグナー家の私的なお祝いのための音楽だったので、コジマはずっと出版を拒んでいたという。しかし、1878年にショットから楽譜が出版された。現在では、楽劇「ニーベルングの指環」の第3夜「ジークフリート」(1876年初演)に関係の深い音楽として、またワーグナーの人生の美しい瞬間を表現した音楽として愛されている。そもそもはワーグナーが室内楽用に書いた素材を、この「ジークフリート牧歌」に転用し、さらにそれを楽劇「ジークフリート」のなかのジークフリートとブリュンヒルデの愛の場面の音楽に使用したという歴史的な経緯がある。ワーグナーにとって「ジークフリート牧歌」は特に私的な思い出と結びつく重要な音楽であった。
 
●作曲年代  1870年
●初  演
 1870年12月25日 
 スイス、トリープシェンのワーグナー自宅にて
●楽器編成
 フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、 ホルン、トランペット、弦五部


フランツ・リスト(1811-1886)
ピアノ協奏曲 第1番 変ホ長調 (S124)


  ピアノの歴史は19世紀に大きく変わった。古典派の巨匠ベートーヴェンの巨大なソナタ「ハンマークラヴィーア」の出現、そしてショパン、シューマンといった個性的なロマン派の作曲家の活躍などと共に、ピアノそのものの機構も大きく変化したからだ。そうした時代に、ピアノの世界のヴィルトゥオーゾ(超絶技巧の持ち主)として活躍したのがフランツ・リスト(1811〜1886)である。ハンガリーからウィーンを経由してパリにやって来たリストは、19世紀初頭、最も活気のあった都市パリで、ショパンと並び称されるピアニストとして活躍した。マリー・ダグー伯爵夫人との恋はパリ中の話題となり、ふたりはパリから離れ、スイス、イタリアなどで10年ほどを過ごすことになる。1837年、ふたりの間には、後にワーグナー夫人となるコジマが生まれた。
  リストはピアノの演奏だけでなく、少年時代から作曲活動も積極的に行っていた。後に「超絶技巧練習曲」としてまとめられることになるピアノ曲集などもその良い例である。ピアノ協奏曲に関しても、第1番として知られるこの作品の前に、すでに2曲のピアノ協奏曲を完成していたと言われるが、その楽譜は散逸してしまっている。このピアノ協奏曲第1番も、すでに1830年代からスケッチが開始されたという。そして、1835年には3楽章形式による初稿が完成した。しかし、この初稿を元に単一楽章による協奏曲への改訂を行った。1839年のことである。さらに、1853年に改訂、さらに初演後にも改訂が加えられ、独自の構成を持つユニークな協奏曲が完成した。
  最終的な形は全4楽章で、続けて演奏される。第1楽章はアレグロ・マエストーソ。オーケストラによる堂々とした主題提示が強く印象に残る。独奏ピアノはそのオーケストラの後に登場して、颯爽とカデンツァ風の楽想を演奏する。ピアノの独奏の部分にはリストらしい華麗な技巧がたくさん含まれる。同時にオーケストラとピアノの対話も工夫されている。第2楽章はクワジ・アダージョ。8分の12拍子。弱音器を付けた弦楽器による演奏に始まる。ピアノの自由でロマンティックな展開が聴きものだ。第3楽章はアレグレット・ヴィヴァーチェ〜アレグロ・アニマート。一種のスケルツォ楽章。トライアングルが活躍するが、この協奏曲の作曲当時、ここまで大胆にトライアングルを使うことは異例だった。ある保守的な批評家はこのトライアングルの使用法を初め、斬新な形式のこの協奏曲に対して「トライアングル協奏曲」と名付け、批判した。第4楽章はアレグロ・マルツィアーレ・アニマート。行進曲風の音楽が進み、ピウ・プレストで第1楽章の主題が再現され、クライマックスを迎える。
 
●作曲年代 1830〜50年代
●初  演
 1855年2月17日 ドイツ、ワイマール、
 エクトール・ベルリオーズ指揮、作曲者自身のピアノ独奏 
●楽器編成
 独奏ピアノ、フルート2、ピッコロ、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、トライアングル、シンバル、弦五部


セルゲイ・プロコフィエフ(1891-1953)
交響曲 第5番 変ロ長調 作品100


  革命の時代のロシアで活躍した作曲家セルゲイ・プロコフィエフ(1891〜1953)は、リストと同じようにピアニストとしても非常に優れていた。ロシア革命の混乱を避けて、日本を通ってアメリカへ移動した時にも、日本各地でそのピアノの演奏を披露している。そしてアメリカ、ヨーロッパで活躍した後、再び革命後のロシアへ戻り、様々なジャンルの音楽を書き残した。現在でも続けて演奏される代表作としてバレエ音楽「ロメオとジュリエット」、交響的物語「ピーターと狼」、ピアノ・ソナタやピアノ協奏曲、そして8曲の交響曲などがある。
  サンクトペテルブルクの音楽院に在学していた17歳の時に、プロコフィエフはすでに3楽章の交響曲を書いている。そして1917年に「古典交響曲」を書き上げ、自信を持ってこの作品を交響曲第1番とした。この交響曲はハイドンに倣って古典的な作風で書かれており、初期の前衛的な作風の中では異例の作品となっている。その後、ほぼ3年に1作のペースで第4番までの交響曲を発表し、本日演奏される交響曲第5番は1944年に作曲された。この時期、ロシアはナチス・ドイツとの泥沼の戦争状態に陥っていた。プロコフィエフは作曲家として、ドイツと闘う国民のために何かをしたいと強く願うようになり、この交響曲を書いたと言われる。作曲はモスクワ郊外イヴァノヴォの作曲家たちの山荘で行われ、ピアノでのスケッチに1ヶ月、オーケストレーションに1ヶ月と、かなり速いテンポで書き進められた。また、この交響曲は作品番号では100という、プロコフィエフにとってひとつの節目となる作品でもあった。
  作品は全4楽章から構成される。第1楽章はアンダンテ。4分の3拍子の第1主題と、4分の4拍子の第2主題から構成されるソナタ形式。第1主題はやや変拍子的な雰囲気だが、明快で力強い。第2楽章はアレグロ・マルカート。プロコフィエフらしい推進力のあるスケルツォで、主部は4分の4拍子。トリオ部は4分の3拍子、ニ長調となり、ピアノも使われているのがよく分かるはず。第3楽章はアダージョ。4分の3拍子。叙情的な旋律が次々と歌われる。途中で一度、音楽は高揚するが、再び夢見るような世界に入って行く。第4楽章はアレグロ・ジョコーソ。ロンド形式。序奏の後で、チェロによって第1楽章の主題が回想される。クラリネットが導いて活気ある主部へ入って行く。コーダの中では、各楽器の演奏者がひとりとなって音量が小さくなった後、大きなクライマックスとなって終わる。
 
●作曲年代  1944年
●初  演
 1945年1月13日 モスクワ、モスクワ音楽院大ホール 
 作曲者自身の指揮による
●楽器編成
 フルート2、ピッコロ、オーボエ2、イングリッシュ・ホルン、クラリネット2、Esクラリネット、バスクラリネット、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、打楽器(ウッドブロック、タンバリン、トライアングル、小太鼓、大太鼓、シンバル、タムタム)、ハープ、ピアノ、弦五部


 (C)  片桐卓也(音楽ライター)(無断転載を禁じる)
 

ロレンツォ・ヴィオッティ写真 Photo:Stephan Doleschal
長富 彩写真 (C)井村重人
 
 
 
 
 
                                     
 
 
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