大阪交響楽団 2016年度 定期演奏会 曲目解説

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第203回 定期演奏会   7月22日(金)
寺岡 清高
谷口 伸

2016~2018年度全6回シリーズ
ウィーン世紀末のルーツ 
~フックスとブラームスから始まる系譜(1)
 
2016年7月22日(金)19時00分開演

 
曲目解説 / 小宮 正安(ヨーロッパ文化史研究家・横浜国立大学教授)

ヨハネス・ブラームス(1833-1897)
悲劇的序曲 作品81

   
 19世紀後半のウィーン楽壇で、代表的存在となったヨハネス・ブラームス(1833-97)。彼の直接的・間接的な影響力の下、フックスやマーラーをはじめとする後輩音楽家は創作活動を繰り広げてゆく。  
 そんなブラームスが、1880年に完成させたのが『悲劇的序曲』。40歳代半ばの1870年代後半になって懸案の『交響曲第1番』をようやく書き上げて以降、オーケストラ作品を次々と発表していた時期にあたり、『大学祝典序曲』と同時期に作られた。  
 じっさいブラームス自身、『大学祝典序曲』と『悲劇的序曲』を対照的な1対と捉えていたようで、「1つは笑い、1つは泣いている」と述べているほど。ただし、名誉博士号の返礼として書かれた前者とは異なり、後者も「序曲」と銘打たれているものの、特定のセレモニーや戯曲のためではない、純然たる演奏会用の管弦楽曲となっている。  
 ちなみに「悲劇的」とはドイツ語で “tragisch” といい、ギリシア悲劇=トラゴイディア(Tragoidia)を語源としている。そしてギリシア悲劇の特徴はといえば、たとえ強い力を備えた英雄であっても、神や運命の前には勝目がないというメッセージに貫かれている点だろう。  
 19世紀は政治革命や産業革命を通じ、王侯貴族に支配されてきた市民が政治や経済の中心を担うようになった時代である。そんな彼らにとっては自らの立身出世も含め、進歩進化こそが理想だった。だがこの世紀も終わりに近づくにつれ、大量生産の象徴だった工場が公害の一因であることが判明し、右肩上がりの経済が恐慌によって突如終焉するという事件が頻発する。  
 そんな、人間社会の限界が明らかになる中で作られたのが当作品。2つのテーマが対立しあいながらより高い次元に到達するという、市民の時代に好まれた均整のとれたソナタ形式が用られる一方で、皮肉めいた楽想が顔をのぞかせたり、葬送行進曲を彷彿させる場面が出現したりといった具合に、聴き手を不意打ちにする。ブラームスが、保守的な仮面を被ったモダニストと評される所以である。

●作曲年代/1880年
 
●初  演/1880年12月26日  ウィーン楽友協会大ホール 
      ハンス・リヒター指揮  ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 
●楽器編成/ピッコロ、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、
      ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、        テューバ、ティンパニ、弦五部
 
 
ロベルト・フックス(1847-1927)
交響曲 第1番 ハ長調 作品37 


  ロベルト・フックス(1847-1927)は、19世紀後半のウィーン音楽界において、教育・作曲・演奏と多岐にわたって活躍した人物だ。特にその作品がブラームスからの高い評価と影響を受け、またウィーン楽友協会音楽院でマーラーをはじめとする後の著名音楽家たちを教えた(和声学)ことから、現在でもその名が辛うじて記憶されているものの、生前に比べて死後の知名度はけっして高くない。
  フックスは作曲活動において、オペラから室内楽に亘る広範囲なレパートリーを手がけたが、『交響曲第1番』は1884年、つまりそろそろ40歳に手が届こうかという頃に完成されている。(これは、様々な伝統やライヴァルがひしめくウィーンで交響曲第1番をなかなか完成できなかったブラームスの葛藤を彷彿させるかもしれない。)彼はそれまでにも、弦楽合奏のためのセレナーデを幾つも書くなど、中規模以上の編成の器楽曲の世界で経験を積み、満を持して『交響曲第1番』を発表したのだった。
  ユニークなのは、第1楽章(アレグロ・モルト・モデラート ハ長調 4/4拍子)の冒頭がヴィオラのトレモロで始まる点。当時ブラームスのライヴァルと喧伝されていたアントン・ブルックナー(1824-96)の交響曲の開始部分を彷彿させる出だしである。フックス自身、ブルックナーと縁の深いウィーンのピアリスト教会で、ブルックナー同様オルガニストを務めたこともあり、そうした経験が反映されていると考えられる。
  展開部の最後、第1主題〔譜例1〕・第2主題〔譜例2〕が複雑に絡まり合いながら、オルガン曲のようなクライマックスを形作る点もブルックナー的だが、全体の構成や主題の発展のさせ方ではきわめて構造バランスが重視されており、ブラームスに激賞された人物だけのことはある。ハ長調という調性も、ブラームスの『交響曲第1番』の終楽章を意識したものだろう。
  第2楽章(プレスト イ短調 2/4拍子)は「インテルメッツォ(間奏曲)」と題されている。弦楽器のせわしない刻みに乗って、短調の主題…といおうか動機がフルートをはじめとする木管群に夢幻的に現れる様は、ドイツロマン派の代表的作曲家の1人であるフェーリクス・メンデルスゾーン(1809-47)が書いた数々のスケルツォの衣鉢を継ぐものだ。(メンデルスゾーンは計画がありながら生涯ウィーンの地を踏むことがなかったものの、まさにそれゆえに彼に対するウィーン音楽界の憧れはきわめて強かった。)
  緩徐楽章となる第3楽章(グラツィオーソ、マ・ノン・トロッポ、クアジ・アダージョ ホ長調 3/4拍子)は、ブラームスが『交響曲第2番』の緩徐楽章(第2楽章)で追求した自由なソナタ形式の楽章から多くを学んだものといえるだろう。牧歌的ともいえる美しさを湛えた第1主題〔譜例3〕、長調だがメランコリックな表情を濃厚に湛えた〔譜例4〕が示され、2つの主題の間には不安に満ちた楽想が出現するといった具合に、ブラームスを経てマーラーに通じる緩徐楽章のスタイルの間をつなぐ1曲となっている。
  フィナーレの第4楽章(アレグロ・ジュスト 2/4拍子 ハ長調)は、それこそブラームスの『交響曲第2番』やマーラーの『交響曲第5番』のフィナーレを彷彿させる、…おそらくは意図的に演出された…あっけらかんとした表情が特徴だ(特に第3楽章が陰を帯びた美しさを濃厚に湛えているだけに、その落差は大きい)。構成としては第1主題〔譜例5〕と第2主題〔譜例6〕を提示部に据えた堅固なソナタ形式だが、展開部の終わり付近にそれまでの雰囲気とは異質なコラール風の楽想が突然姿を現すといった具合に、聴き手を不意打ちにする意外性、あるいは実験精神にも事欠かない。
  なお楽譜は1885年、ブラームスが懇意にしていたベルリンのジムロック社から出版されている。
 
譜例

●作曲年代/1882-84年
 
●初  演/1884年11月26日  ウィーン楽友協会大ホール 
      ハンス・リヒター指揮  ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 
●楽器編成/フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、
      ホルン4、トランペット2、ティンパニ、弦五部


グスタフ・マーラー(1860-1911)
「5つの初期の歌」 (ベリオ編)


  『5つの初期の歌』の基となった『歌曲集』(別名『若き日の歌』)に収録される作品を手がけ始めた当時、グスタフ・マーラー(1860-1911)は20歳を迎えようとしていた。当時の彼にとって歌曲は室内楽と並んで、師のフックスをはじめウィーンの音楽界でごく普通におこなわれている創作活動だったのである。
  マーラーは1880年以降断続的に作った14曲の歌曲を、1892年に『歌曲集』というタイトルで3巻に分けて出版した。この『歌曲集』を解体、再構成し、原曲のピアノ伴奏パートを管弦楽用に書き換えるという「再創造」を1986年におこなったのがルチアーノ・ベリオ(1925-2003)である。ベリオは『歌曲集』第3巻の2曲目・1曲目・4曲目、第2巻の1曲目、第1巻の2曲目を選び、『5つの初期の歌』というタイトルで発表した。(さらに翌年、彼はやはり『歌曲集』を基に『6つの初期の歌』も編んでいる。)
  『5つの初期の歌』の1-4曲目のテキストとなった『少年の魔法の角笛』はドイツロマン派の詩人であるアヒム・フォン・アルニム(1781-1831)とクレメンス・ブレンターノ(1778-1842)が編んだドイツの民謡歌集で、マーラーの創作活動の源泉となったことでも有名だ。対して5曲目のテキストの作者は、リヒャルト・レンダー(1830-89)。本名はリヒャルト・フォン・フォルクマンといい、外科医として活躍するかたわら、ペンネームを用いて詩作活動をおこない、マーラーの青春時代にはよく知られた存在だった。
 
●作曲年代/
作曲年:1880-89年 編曲年:1986年
●初  演/
 
 
 
 
初演(編曲版)/1986年7月26日 トブラッハ教区教会
編曲者指揮 トーマス・ハンプソン独唱
ボルツァーノ・トリエント・ハイドン管弦楽団
※原曲版の各曲の初演年は不明
●楽器編成
 
 
 
 
 
 
バリトン独唱、フルート2(2nd ピッコロ持ち替え)、
オーボエ2(2nd イングリッシュホルン持ち替え)、
クラリネット2、バスクラリネット、ファゴット2、
コントラファゴット、ホルン3、トランペット2、
トロンボーン、テューバ、ティンパニ、鐘、
グロッケンシュピール、トライアングル、小太鼓、弦五部
 


グスタフ・マーラー(1860-1911)
交響曲 第5番 嬰ハ短調 第4楽章 “アダ−ジェット”


1901年から翌年にかけ、マーラーは『交響曲第5番』を作曲する。この作品は、声楽を伴わない純器楽による交響曲として彼の新たな路線を示す曲として知られているものの、同時期に手がけていた『少年鼓手』(『少年の魔法の角笛』所収のテキストによる)や、フリードリヒ・リュッケルト(1788-1866)の詩に基づく歌曲(『亡き子をしのぶ歌』『リュッケルトの詩による5つの歌曲』)との相互的な影響が現れている。
なお第4楽章の「アダージェット」は、1902年におこなわれたアルマ・シントラー(1879-1964)との電撃結婚が影響しているといわれ、「愛の楽章」などとも呼ばれている。ただしその一方で、『亡き子をしのぶ歌』や『リュッケルトの詩による5つの歌曲』における悲劇的で厭世的な音楽との関連性も窺え、愛と死・官能と破滅が渾然一体となった1曲だ。

●作曲年代/1901-02年

●初  演/1904年10月18日 ケルン・ギュルツェニヒ大ホール 
      作曲者指揮 ギュルツェニヒ管弦楽団
 
●楽器編成/ハープ、弦五部


グスタフ・マーラー(1860-1911)
リュッケルトの詩による5つの歌曲


  マーラーにとって歌曲とは、後年になればなるほど、伝統的なピアノ伴奏だけではなく、19世紀ロマン派の時代に流行した管弦楽伴奏によっても上演されるべきジャンルと化していった。つまり、少人数の聴衆を想定して書かれていたはずの歌曲がコンサートホール向けの存在となり、しかもマーラーにおいては当のコンサートホールで上演される交響曲にも歌曲の影響が色濃く現れ…といった具合に、「交響的歌曲」とも呼べる作品が次々と誕生したのである。
  1901年から02年にかけ、マーラーはリュッケルトの詩をテキストにピアノ伴奏による5つの歌曲を手がけ、『きれいだから好きっていうなら』を除く4曲については管弦楽伴奏版も作った。そしてこれらの歌曲は、やはり同時期に作曲していた『死せる鼓手』『少年鼓手』(ともに『少年の魔法の角笛』所収)と合わせ、1905年に『7つの新作歌曲集』として出版された。
  ちなみにマーラー自身が作った4曲の管弦楽伴奏版は、現在の曲の配列とは異なる形で初演され、同年にピアノ伴奏版とともにライプツィヒで出版されている。なお『きれいだから好きっていうなら』(ピアノ伴奏版は1907年に出版)の管弦楽伴奏版はマックス・プットマン(1864-1935)という人物による。彼はマーラーの死後、ライプツィヒの出版社からの依頼で編曲をおこない、ここに管弦楽伴奏版による『リュッケルトの詩による5つの歌曲』が誕生した。
  というわけで、厳格な意味での連作歌曲ではないが、傷つきやすい人間の感情や孤独感、またそれゆえの憧れを深く宿した歌曲集となっている。円熟期のマーラーのオーケストレーションも聴きどころだ。
 
●作曲年代/
1901-02年 
●初  演/
 
 
 
 
 初演(マーラー自身による管弦楽伴奏版):1905年1月29日
ウィーン楽友協会小ホール
作曲者指揮
アントン・モーザー/フリードリヒ・ヴァイデマン独唱、
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
●楽器編成
 
 
 
 
 
 
バリトン独唱、フルート2、オーボエ2、イングリッシュホ
ルン、クラリネット2、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、テューバ、ティ
ンパニ、ハープ、ピアノ、チェレスタ、弦五部
 

 
出演者の希望により、マーラー 「リュッケルトの詩による5つの歌曲」の演奏順番を、下記のように変更させていただきます。

    きれいだから好きっていうなら
    私の歌をのぞき見しないでくれ
    私はほのかな香りを吸った
    真夜中に
    私は世に捨てられた
 
 
(C)小宮正安(ヨーロッパ文化史研究家・横浜国立大学教授)
 
     譜例作成:森 洋久
 
   歌詞対訳:三ヶ尻 正
 
         年譜作成:小宮正安
 
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