大阪交響楽団 2014年度 定期演奏会 曲目解説

00818737
 
 
 
第187回 定期演奏会   7月28日(月)
キンボー・イシイ
黒川 侑
内藤 佳有

シェイクスピア生誕450年記念【リア王】
≪密なる憶い≫
~キンボーのバルトークシリーズ⑤~
 
2014年7月28日(月)19時00分開演 
 
 
 密なる憶い――今夜の演奏会のタイトルは、なにやら意味深長である。「みつなる」というからには、断ちがたい、濃い「おもい」であるに違いない。またそれを「憶い」と綴る以上、相当に切実な「おもい」であるはずだ。
 はじめに解答めいたことを言うならば、今夜の演目にはすべて「叶わぬ愛」が共通している。それは作品の背景にあるかもしれないし、中にあるかもしれない。あるいは愛といっても、人間のそれではないかもしれない。
 

エクトル・ベルリオーズ(1803-1869)
序曲「リア王」作品4
 
 ベートーヴェンの交響楽から近代的管弦楽法への扉を一気に開いた、19世紀フランスの作曲家、ベルリオーズ。その代表作は、なんといっても《幻想交響曲》(1830年初演)であろう。失恋の痛手から服毒自殺を図った青年の見る幻想、幻覚――この交響曲が、作曲者自身の満たされぬ恋を背景にしていることは有名だ。相手は女優のハリエット・スミスソン。だがこれと同じ時期に、彼が別の女性と婚約を結んでいたことはご存じだろうか。
 名をマリー・モークという。のちに高名なピアニストになるが、ベルリオーズと知り合った頃は、パリのある女子寄宿学校でピアノ教師をつとめていた。彼自身、同校のギター教師だったのだ。この婚約はしかし、まもなく破談となってしまう。
 時は《幻想交響曲》初演の翌年。ちょうど、若手芸術家の登竜門である「ローマ賞」に、ベルリオーズが4度目の正直で入賞した頃のことだ。ベルリオーズは、受賞者の履行すべき義務に従いローマに留学するが、婚約者からの手紙がなかなか届かない。やきもきしたベルリオーズはパリへと発つ。その途上、喉の病気のためフィレンツェで足止めを食らうのだが、そこに待ちに待った手紙が届く。ところがその内容は……。マリーが別の男と結婚するというものだった。
 ここで事の結末をいうまえに、このフィレンツェ滞在時にベルリオーズが得た強烈な文学体験について述べておかねばならない。シェイクスピアの戯曲『リア王』を初めて読んだのだ。そもそもが読書家のベルリオーズであるが、この時は「感激のあまりどうかなるかと思った」という。
 さて、ベルリオーズはパリへと急ぐ。マリーと、その母親と、母親が娘の婿と定めた男、カミーユ・プレイエル(ピアノ・メーカー「プレイエル社」の経営者)を殺害するために――「それを敢行したあと私は自殺する」(ベルリオーズ『回想録』丹治恆次郎訳)。そんな恐ろしい決意を胸に。
 生か死か。自問したベルリオーズは、結局、途上で寄ったフランスのニースにて、「生」のほうをとる。「明らかに私は癒されていたのである」(同上)。そうして同地で書き上げた作品が、序曲《リア王》であった。
 この唐突にもみえる怒りの鎮静化には、幾つかのきっかけがありそうだ。いつでも戻ってこいという、ローマのアカデミー館長の心優しい手紙が心にしみたのか。あるいは序曲の創作に、暗い情念を昇華し得たのか。領土を譲ってやった長女と次女に裏切られ、荒野を狂気のうちにさまようことになる老王リア――その苦悩と、おのれの苦悩とを見比べたのかもしれない。
 
 「大序曲」と銘打たれた本作は、85小節にも及ぶゆっくりとした序奏で始まる。最初に中低音弦で示される叙唱ふうの旋律はリア王を表す。厳めしい太鼓連打(フランス王宮の古いしきたりに倣ったという)を伴い、王は領土分割協議に臨む。速い主部に入ると、オーボエが流れるような旋律を歌うが、これは王をまごころから愛した三女、コーディリアの主題。だが、先の叙唱ふう旋律が、いつしか嵐に引き割かれるように壊れ始める。王が狂気に陥ったのだ。初演は1833年12月22日、ナルシス・ジラールの指揮でパリにて行われた。
 

ベーラ・バルトーク(1881-1945)
ヴァイオリン協奏曲第1番
 
 20世紀ハンガリーを代表する作曲家、バルトークには、2曲のヴァイオリン協奏曲がある。しかし、バルトークの死後しばらく1950年代の終わりまで、彼のヴァイオリン協奏曲といえば1曲が知られるのみだった。1939年に完成した、現在第2番とされている3楽章形式のものだ。
 これから聴く2楽章形式の作品は、ヴァイオリニスト、シュテフィ・ゲイエルが、その手稿譜を死にいたるまで密かに保管していたものである。彼女の言によれば、「これら2つの楽章は2つの肖像であり、第1楽章は、本作の作曲者が愛した若い女性、第2楽章は、彼が賞賛した女性ヴァイオリニストである」という。この 「若い女性」と「女性ヴァイオリニスト」は、じつは同一人物で、ほかでもないゲイエル自身を指す。
 バルトークといえば、ハンガリーやルーマニアの古い農民音楽を取材・収集した者として、またそうした音楽から得た語法を自作にも盛り込んだ作曲家として知られていよう。だが、その道に進むようになったのは、民俗音楽研究の先達、ゾルターン・コダーイと親交を結ぶようになる1905年以降のことで、それまではフランツ・リストやリヒャルト・シュトラウスの影響下にあり、自作品にもそれは現れていた。2楽章のヴァイオリン協奏曲はといえば、ちょうどその端境期にある作品といえる。1907年の夏から年末にかけて書かれた。
 たしかに本作は、シュテフィ・ゲイエルとの恋の記念碑とみて間違いなかろう。
 ブダペストのリスト音楽院でイェネー・フバイに師事し、9歳にして公的デビューを果たしたヴァイオリンの神童、ゲイエルは、当時19歳。同音楽院のピアノ科教授になったばかりのバルトークは26歳。彼の彼女への想いは、一途なものであったようだ。
 現存するゲイエル宛ての手紙には、農民音楽の取材の様子を伝えるものもあれば、宗教や世界観をめぐる論争的なものもある。ゲイエルはカトリック信者であり、バルトークは無神論を主張した。1907年9月の手紙の終わりにはこうある。「お手紙読み終わってからピアノの前に座りました―― 一生のうちで音楽以外の慰めは私のためにないのではないか、という悲しい予感が湧いてきました」(羽仁協子訳)。そして「これがあなたのモチーフです」として、上行するレ-ファ♯-ラ-ド♯の4音を記す。ヴァイオリン独奏による協奏曲最初の4音が、まさにこれだ。
 翌年の2月、ゲイエルはこの恋に終止符を打つ。それでもバルトークは本作を――別れのことばを添えて――ゲイエルに献呈した。そしてその後、本作の第1楽章を、若干の改訂をほどこし、管弦楽曲《2つの肖像》作品5の第1曲「理想」に転用した。
 協奏曲の2つの楽章が《ヴァイオリン協奏曲第1番》として初演されたのは、ゲイエルの死後、1958年5月30日のことだった。スイス、バーゼルにて。ゲイエル推奨のハンス=ハインツ・シュネーベルガーが独奏を、指揮はパウル・ザッハーが担当した。
 
第1楽章 アンダンテ・ソステヌート
 先に挙げた4音で始まる旋律が、まずヴァイオリン独奏によって延々と、あたかも植物の蔓のように伸びてゆき、これにオーケストラが、第1ヴァイオリン第1グループ、同第2グループ、第2ヴァイオリン第1グループ、同第2グループと、徐々に嵩を増しながら絡まってゆく。全体に夢みるような静かさが支配的。終盤での、2台のハープのチェレスタのごとき活用が興味深い。バルトークがこの頃に知ったドビュッシー音楽からの影響も。
 
第2楽章 アレグロ・ジョコーソ
 第1楽章が美しきゲイエルの肖像だとすれば、こちらはヴァイオリンの名手としてのゲイエルの肖像だ。諧謔にみちたゼスチュアが中心となるが、合間合間に、第1楽章の田園詩的ムードが回帰する。終盤、フルートにすぐにそれと分かる俗謡ふうの旋律(「ロバはまぬけな動物さ」)がほんの2小節だけ現れる。手 稿譜ではここに、バルトークの手で「1907年6月28日、ヤースベレニにて」と記されているという。ゲイエルとともに過ごした夏。2人にだけ分かる、思い出の旋律なのだろう。
 

イーゴリ・ストラヴィンスキー(1882-1971)
バレエ音楽「ペトルーシュカ」(1947年版)
 
 人形が人間のように人形に恋をしたら? 《ペトルーシュカ》は、そんな物語を音楽と身ぶりで表現する、ストラヴィンスキー3大バレエ音楽の第2作だ。
 3大バレエの仕掛け人は、モダンな「ロシア・バレエ団」を率いるプロデューサー、セルゲイ・ディアギレフ。リムスキー=コルサコフの門下生である若きストラヴィンスキーの作品を、サンクトペテルブルクで聴き、最初にバレエ音楽を依頼したのが1909年。ここから第1作《火の鳥》が生まれた。
 その作曲が終わるが早いか、ストラヴィンスキーの脳裏には、現在3作目に数えられているバレエ音楽《春の祭典》の原イメージ、「いけにえの少女」のイメージがひらめく。そうしてその創作に乗り出そうとするのだが、その前に、ピアノとオーケストラのための協奏的小品を――本人の弁によれば「気晴らしをしようと」して――書いた。そこから発展したのが、現在の《ペトルーシュカ》である。
 「命を吹き込まれた人形」のパントマイムを、ピアノが表現し、オーケストラをいわば挑発する。そんなアイディアが、協奏的小品の段階ですでにあり、ディアギレフはそれを聞いて、作曲者にアレクサンドル・ベノワを紹介した。人形劇に詳しいこのベノワを頼りに、具体的な物語が考案され、ついにバレエ音楽になったという。
 人形ペトルーシュカ(ピョートルの愛称)の名は、ストラヴィンスキー自身の命名による。1911年6月13日、ベノワの美術・衣装、ミハイル・フォーキンの振付で、ピエール・モントゥーの指揮で、パリにて初演された
 《火の鳥》に印象主義の側面を見いだせるとすれば、《ペトルーシュカ》には、音楽にも「騒音」を取り入れるべしと考えた「未来派」に通じる面があるかもしれない。相容れない調を同時に投じる「複調」への傾斜もめだつ。物語中、周囲の無理解と冷淡に、復調さながら引き裂かれるペトルーシュカは、さて、何事かを象徴しているのだろうか?
 なお、初演版は4管編成のスコアだが、本日は、作曲者自身がのちに3管編成に縮小しオーケストレーションを整備した1947年版で聴く。
 
第1部 舞台は1830年代のサンクトペテルブルク。謝肉祭の時期で、市が立っている。音楽はまずその喧噪を描く。そして突如やってくる沈黙。コントラファゴットのポツリとした音で、人形使いの登場となる。彼の不思議な笛の音に呼び寄せられ、人々は見世物小屋へ。人形使いの手品によって、3体の人形(道化のペトルーシュカ、バレリーナ、ムーア人)に命が吹き込まれ、3人はロシアの踊りをおどり出す。太鼓連打を合図に次の部へ。
 
第2部 人形使いに足蹴にされ、部屋に投げ込まれた道化役ペトルーシュカ。彼は、抱いてしまった人間的な感情に苦しんでいる(ペトルーシュカの主題はトランペットで)。バレリーナへの恋に望みを託すも、部屋へ入ってきた彼女は、彼の姿を気味悪がって出て行ってしまう。怒りと屈辱に燃えるペトルーシュカ。太鼓連打を合図に次の部へ。
 
第3部 ムーア人が部屋で独り、ヤシの実と戯れている。おもちゃのラッパを吹きながら隣から入ってくるのは、バレリーナだ。彼女は豪奢な身なりのムーア人を踊りで誘惑し、二人は共にワルツを踊り出す(ランナー作曲の《シェーンブルンの人々》引用)。いいムードになったその時、嫉妬に駆られたペトルーシュカが闖入。だがムーア人は彼をボコボコにする。太鼓連打を合図に次の部へ。
 
第4部 曲頭とよく似た音楽が戻り、ふたたび市へ。乳母、農夫、行商人、御者、仮装した人々……。トランペットの音が遠方から近づき(楽器を1本、2本、3本と重ねてゆく)、ペトルーシュカが登場。彼はムーア人に追われ、ついに殺されてしまう。警察が現れ(ファゴットのトコトコとした足取り)、事の次第について人形使いを質すが、人形使いは手品を解いて、「ただの人形さ」とシラを切る。一件落着、と思いきや、頭上にはペトルーシュカの亡霊が!
 
 
          (C)舩木篤也 (音楽評論家) (無断転載を禁じる) 
 
 
 
 
                                     
 
 
一般社団法人大阪交響楽団
Osaka Symphony Orchestra
〒590-0074
大阪府堺市堺区
北花田口町3-1-15 東洋ビル4F
TEL:072-226-5533
FAX:072-226-5544
 
 
四国支局
〒790-0051
愛媛県松山市生石町
649-11-402
TEL:089-947-4751
FAX:089-934-3577
 
 
201309301658395847.jpg
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<<一般社団法人大阪交響楽団>> 〒590-0074 大阪府堺市堺区北花田口町3-1-15 東洋ビル4F TEL:072-226-5533 FAX:072-226-5544