大阪交響楽団 2013年度 定期演奏会 曲目解説

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2013年度 定期演奏会 曲目解説

 
 
第178回 定期演奏会   7月19日(金)
キンボー・イシイ=エトウ

≪意外? 案外! 想定外。≫曲目解説
2013年7月19日(金)19時00分開演
 

スティーヴン・パウルス : スペクトラ
■「意外な」意外さ?
 「意外」な現代音楽といえば、どんなものを想像されるだろうか?ケージの「4分33秒」のように音の出ない作品か、はたまたシュトックハウゼンの「光」のように上演に1週間かかるという巨大なオペラか、あるいは・・・。
 スティーヴン・パウルス(1949-)の音楽には、そうした意外さはない。しかし保守的な作風(もちろん「現代音楽にしては」という限定付きだが)の中で、バランスよく美しい響きを追求しながらも、しっかりと膨大な作品を書き続けている点で、実は彼はいそうでいない、意外な作曲家でもあるのだ。
 1949年生まれのパウルス(日本では「ポールズ」表記も多い)は、ミネソタ大学に学んだあと、まずは地元の交響楽団のための作品で頭角をあらわした。しかし彼の進路を決定づけたのは、その後アトランタ交響楽団と共に仕事をする中で、指揮者のロバート・ショウと出会ったことにある。合唱指揮者として有名なショウは、この若い作曲家に声のための作品を次々に委嘱し、こうしてパウルスはまず合唱やオラトリオ、そしてオペラの分野で世に知られることになったのだった。その後はセントルイス・オペラとの共同作業を含めて様々な委嘱をとてつもないペースでこなし、現在、アメリカでは中堅の作曲家として着実な地位を築きつつある。

■ めくるめくスペクトルの連続
 「スペクトラ」は1980年、まだ彼が30代初頭で書いた小編成オーケストラのための作品。初演は同年、ヒューストン室内交響楽団によってなされた。作曲者によれば、タイトルの「スペクトラ」は、いわゆる光の分光要素という意味のみならず、様々なアイディアがまるで光の各スペクトルのように連なり、一体化していることに由来しているという。全体は3つの楽章からなる。
 まず、第一楽章(エネルジコ)では、湧き上がるように起こったヴァイオリンの上行の後、チェロで提示される音型に注意してほしい。この、いったん下がってまた上昇する小さな動きは、全曲を通して何度もあらわれると共に、さまざまな形に展開・拡大・縮小されて、曲を統一する役割を果たす重要なものだ。その後、曲はアタッカ(休みなしで)で第2楽章へ。この部分はゆったりした緩徐楽章で、何よりホルンの独奏に聴かせどころがある。また楽章後半でのファゴットと弦の対話も面白い。全体が徐々にピアニシモに向かって楽章を閉じると、第3楽章で待っているのは高速のアジタート。打楽器のリズムが全楽器を先導しながら最後のクライマックスへと向かってゆく様子は、ある意味ではよく出来た吹奏楽曲のようなエンタテインメント性をも感じさせる。密度の濃い15分間だ。
 

バルトーク : ヴィオラ協奏曲(デラマジョーレ版)
■「案外」複雑な経緯を持った未完作品
 ものごとは一部を隠されると、かえって神秘的、魅力的に見えるような気がする。「未完」の作品はその最たるもののひとつだ。シューベルトの「未完成」、ブルックナーの「9番」、マーラーの「10番」、そしてベルクの「ルル」・・・。これらの作品は、もちろん現在残っている部分だけでも実に美しい音楽なのだが、「未完」であることによって、さらに妖しい輝きを放っているようにも見える。
 もっともバルトーク・ベラ(1881-1945)が名手プリムローズのために書いた「ヴィオラ協奏曲」の場合には、未完といっても、「案外」複雑な経緯を持っている。白血病におかされた最晩年のバルトークは、プリムローズへの書簡で、スケッチはすべて完了し、あとはオーケストレーションのみが残っていると述べているのだが、ほどなくして病状の急速な悪化によって世を去ってしまった。しかしスケッチが完全に残っているならば、それを補筆完成しない手はない。任にあたったのは、弟子のティボール・シェルイ(1901-78)。彼は、やはり同時期に未完となった「ピアノ協奏曲第3番」の補筆も手掛けているのだが、こちらの場合には最後の17小節のオーケストレーションを完成させればよいだけで、さして難しくはなかった。ところが「ヴィオラ協奏曲」に関しては、スケッチ自体が乱雑な上に、16部分ほどに分かれた断片をどのように配置するのかも不明。もちろんオーケストレーションもほぼなされていない。かくしてシェルイはプリムローズの協力も得て、生前のバルトークが述べた「オーケストレーションは透明なものになるでしょう」という言葉をヒントにしながら、なんとか全曲を完成させたのだった。
 ただし、シェルイの補筆には当初から様々な疑義があったのも事実だ。例えばシェルイはこの作品を「チェロ協奏曲」として出版することも考えていたという。ヴィオラの協奏曲では需要が少ないと考えたのかもしれないが、故人の遺志を尊重するならば、そのような選択肢はあり得ないはずだ。

■ 新たな補筆版との差異
 こんな経緯から、現在ではいくつか他の補筆版が登場している。そのもっとも重要なものが音楽学者のネルソン・デッラマッジョーレと、バルトークの遺児であるペーターによる、今回演奏される版である。ただしあらかじめ言っておけば、これはシェルイ版とどちらが「正しい」か、という簡単な問題ではない。というのも、実際にバルトークのスケッチのファクシミリを見てみれば分かるのだが、これらのスケッチは相当に断片的かつ乱雑であり、補筆をおこなうとすれば、一般に考えられている以上に「創造的/想像的」な作業にならざるを得ないからだ。以下、曲の概要を説明しながらも、かつてのシェルイ版と明らかに異なる部分をいくつかピックアップして記しておこう。
 第1楽章(アレグロ・モデラート)。ヴィオラ独奏による開始部は、シェルイ版では合いの手が低弦で入るのだが、ここでいきなりティンパニが鳴るから、昔ながらの演奏に慣れている方は驚くはず。楽章全体は、魅力的な2つの主題がソナタ形式の枠組みの中で扱われる。また、ヴィオラのヴィルトゥオーゾ的な手腕がいたるところで発揮されるので「協奏曲」としての魅力は格別だ。アタッカで続く第2楽章(レント)は瞑想的な音楽。3部形式からなるが、バルトーク独特の「夜の音楽」を思わせる第1部は、マッジョーレ版の方がシェルイ版よりも簡素なオーケストレーションをとる。一方、中間部ではファゴットを足すなど、むしろシェルイ版よりも色彩感が前面にあらわれるのが面白い。そしてこれら二つの版の最大の違いといえるのが、第2楽章から第3楽章へとつながるアタッカの部分。ここでマッジョーレは、シェルイ版では完全にカットされたエピソードを、およそ20小節ほど復活させているのである。その後急速にテンポをあげると、ロンド形式の第3楽章(アレグレット)の開始。民族舞曲風のフィナーレだが、マッジョーレ版では牧歌的なトリオ部でオーボエに応えるヴィオラが、なんとハーモニクス指定になっている。これは相当に現代的かつ斬新なアイディアだ(そのためか、わざわざ楽譜のこの部分にマッジョーレは「スケッチによる」と記している)。最後は全オーケストラが加速し、独奏ヴィオラが最高音に到達して全曲を閉じる。
 

プーランク : シンフォニエッタ
■ 急速に増す存在感
 フランシス・プーランク(1899-1963)といえば、「フランス近代6人組の~」とか「洒脱な」いった言葉と共に語られることが多い。もちろんそれは間違いではないけれども、音楽ファンの多くは、この紋切型の表現に少々うんざりしているのではないだろうか(そもそも「6人組」はさして実態のあるグループではないのだし)。そして何より、徐々に明らかになってきているのは、一見すると簡素で平明なプーランクの作品群が、ある意味では20世紀音楽を代表するような高度な質と量を備えていることだ。この場で予言してもいいが、これから書かれる「西洋音楽史」といった書物においては、プーランクの記述スペースはどんどん増えてゆくことになるだろう。
 彼の作品表を眺めてみると、その音楽には大きく2つの柱があることが分かる。
 まずは声楽作品。裕福な家庭に生まれ、少年時代からフランスの詩に親しんで育ったプーランクは、若書きの独唱曲から様々なオペラ、そして晩年の宗教的なカンタータに至るまで、あらゆる時期に亘って声のための多彩な作品を残すことになった。そしてもう一つの柱が、管楽器を軸にした室内楽/管弦楽作品。弦楽器のモノトーンな響きを苦手にしていたというプーランクは、木管、金管を問わず管楽器のソナタやアンサンブルを、ありとあらゆる編成で試している。さらには、管弦楽曲やバレエの中でも、管楽器のカラフルな音色を前面に用いて、独特の「プーランク風」サウンドを作り上げて見せたのだった。彼の機知に富んだ響きは、まさにこうした管楽器の運動性によって担保されている。


■「想定外」に慎重な「シンフォニエッタ」
 この「シンフォニエッタ」もまぎれもなく後者の系譜の一つである。タイトルは、あえて訳すならば「小交響曲」となるだろうが、このコンセプトにプーランクほどふさわしい作曲家もいない。つまり「交響曲」という、全管弦楽を動員した重厚長大な音響システムの美点はしっかりといただきながらも、彼はそこに「小」という文字を付け加えて、重苦しくよどんだ澱をさらっと流してしまうのである。
 「現代のモーツァルト」と称されることのあるプーランクだが、本家と同じく、天才は「努力人」の謂いでもある(現在のモーツァルト研究は、これまでの「伝説」とは異なり、彼が何度も推敲を重ねて、緻密な作曲を行っていたことを明らかにしている)。この作品もまるで一筆書きのように書かれた音楽に聴こえるようでいて、実際には習作のまま破棄された弦楽四重奏の断片をいくつも織り込み、それらを複雑な層として処理するなど「想定外」といってよい複雑な層を作り上げている。曲は4つの楽章からなる。
 第1楽章(アレグロ・コン・フォーコ)は弦楽器を中心にしたト短調の響きに始まるが、すぐに木管群に主導権が渡される。とりわけ中間部ではオーボエを軸にしたくすんだ響きが、どこか古風な抒情を奏でる。第2楽章(モルト・ヴィヴァーチェ)はスケルツォ。活発なタランテラ風の音楽で、楽器や調性が、素晴らしい運動神経で場面転換を遂げる様子が爽快だ。第3楽章(アンダンテ・カンタービレ)は木管のアンサンブルに始まる緩徐楽章。こういう音楽を書かせたら、プーランクの右に出るものはいない。中間部だけは弦楽器に花を持たせるあたりも憎い配慮。第4楽章(プレスティシモ)は「陽気に」との注記もあるフィナーレ。モーツァルトが20世紀に生きていたら、きっとこんな音楽を書いたのではないだろうか。頻繁なギア・チェンジを繰り返しながら、旋律が次々に各楽器に憑依し、飛び跳ね、走り回る。

(C)沼野 雄司 (音楽学)(無断転載を禁ずる)

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