大阪交響楽団 2013年度 定期演奏会 曲目解説

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2013年度 定期演奏会 曲目解説

 
 
第180回 定期演奏会  10月18日(金)
矢崎 彦太郎
児玉 麻里

≪作曲家の肖像画Ⅴ“ドビュッシー”≫

2013年10月18日(金)19時00分開演

 

ドビュッシー

牧神の午後への前奏曲

 

 18941222日にパリの国民音楽協会による演奏会で行われた初演時から大好評で、早くも初演のアンコールでくり返して演奏されたというクロード・ドビュッシー(18621918)の『牧神の午後への前奏曲』は、その後のドビュッシーの音楽活動のターニング・ポイントになるとともに、20世紀音楽への扉を開いて、ドビュッシー以後のイーゴル・ストラヴィンスキー(18821971)をはじめとする多くの音楽家や芸術家たちに大きな影響を与えた、音楽史上の記念碑的な作品です。

 『牧神の午後への前奏曲』というタイトルが示しているように、この作品は、フランスの象徴派詩人ステファン・マラルメ(18421898)の最高傑作といわれる美しい田園詩『牧神の午後』にインスピレーションを得て、マラルメに捧げるオマージュとして作曲されました。牧神とはギリシャ神話で林野・牧畜を司る神(その姿は半獣神で、上半身は人間、下半身は山羊)のことです。当初ドビュッシーは、『牧神の午後』による前奏曲、間奏曲、終曲からなる3部作として構想していましたが、実際に作曲されたのはこの前奏曲 のみでした。それは音楽が語りすぎることを避けるうえで、賢明な判断だったとも言えるでしょう。詩の内容は、気だるい夏の昼下がり、まどろみから覚めた牧神が、美しい水の精たちを追うものの、とらえることはかなえられず、やがて夢想の幻影は消え去り、牧神は再びまどろみに沈んでいくというものですが、この官能的な詩の内容を音でなぞったものではなく、マラルメの美しい詩を読み終えたあとに残る心象や雰囲気などを音で表現したもので、かつてないアイディアと斬新な書法により完璧なまでに音化されており、ド ビュッシー自身も初演時のプログラムに、《マラルメの美しい詩のとても自由な挿画》と書いています。

 初演を聴いたマラルメはこの音楽がたいそう気に入ったようで、ドビュッシーにエドゥアール・マネ(18321883)の挿画入りの豪華な『牧神の午後』の詩集を贈って、賛辞を伝えたといいます。なお、マラルメ自身も『牧神の午後』のバレエ化を考えていたようですが、その夢は、のちに天才舞踊家ヴァーツラフ・ニジンスキー(18901950)の手によって実現されました。ロシアの貴族セルゲイ・ディアギレフ(18721929)率いるロシア・バレエ団(バレエ・リュス)の人気スターダンサーであったニジンスキーが初めて手がけ、ギリシャの壺絵から想を得たというその振付版は、1912529日にパリのシャトレ座でロシア・バレエ団によって初演されました。

 曲は、フルート独奏による幻想的な主題で始まります。次いで牧神の主題がオーボエそして弦楽器に現れます。中間部に入ると、木管楽器そして弦楽器が甘美で官能的な主題を奏でます。これらの主題を中心として、自由な形式のもとに展開されていきますが、最後 は、白日夢から覚めた牧神の物憂い気分を表し、深い余韻を残して全曲を閉じます。

 

 

ドビュッシー 

ピアノと管弦楽のための幻想曲

 

 パリ音楽院で学んだクロード・ドビュッシーは、多くの賞を獲得したあと、1884年ついに最高の栄誉であるローマ大賞を受賞しました。22歳でした。ローマ大賞を得てローマへ留学したドビュッシーは、ローマ留学の成果を示す作品のひとつとして、帰国後の18904月にパリで、ピアノと管弦楽のための協奏的な作品である『ピアノと管弦楽のための幻想曲』を書きあげましたが、芸術院には提出しませんでした。当初は1890421日の国民音楽協会による演奏会においてヴァンサン・ダンディ(18511931)の指揮で初演される予定でしたが、そのリハーサルの折、ダンディが勝手に第2楽章を省略して演奏しようとしたことに不満をおぼえたドビュッシーは譜面を引きあげて、フランスの音楽出版社シューダンス社に売り渡してしまいました。その後、この作品はいくつもの出版社を転々としながら改訂が加えられましたが、結局ドビュッシーの生前には出版も演奏もされず、初演はドビュッシーの死後1年経ってからのことで、ピアニストのアルフレッド・コルトー(18771962)がロンドンで、ピアニストのマルグリット・ロン(18741966)がアンドレ・メサジェ指揮ラムルー管弦楽団とともにリヨンで、ともに19191120日にこの作品を弾いて初演が行われました。 

 ピアノと管弦楽による協奏的な作品とはいえ、独奏ピアノの華やかな聴かせどころに欠け、調性の響きから分離するかのような音型や主題をはじめ、既成概念や形式に縛られない独自の語法を模索していたドビュッシーの試行錯誤のあとが見られて非常に興味深い作品です。

 今回は、デュラン社の新全集版(クリティック・エディション)を用いて演奏されます。曲は以下の3つの楽章からなります。

 

1楽章:アンダンテ・マ・ノン・トロッポ~アレグロ・ジュスト

2楽章:レント(トレ・エクスプレシフ)

3楽章:アレグロ・モルト

 

       

 

ドビュッシー

バレエ音楽『遊戯』

 

 1912529日に『牧神の午後への前奏曲』をバレエ作品として上演したロシア・バレエ団(バレエ・リュス)の主宰者セルゲイ・ディアギレフは、翌年のパリ公演のために、クロード・ドビュッシーに新作のバレエ音楽を委嘱しました。作曲にあたってドビュッシーは、ロシア・バレエ団の振付師で、不世出のロシアの天才舞踊家ヴァーツラフ・ニジンスキーと主宰者ディアギレフの意見を随所にとりいれながら作曲の筆を進め、1912年の秋にドビュッシー初のバレエ音楽『遊戯』を完成させました。独創的かつ多彩な管弦楽法が新しい形で展開されており、アメリカの音楽批評家ハロルド・チャールズ・ショーンバーグ(19152003)も次のように評しています。《バレエ音楽『遊戯』のような作品は、シェーンベルクやストラヴィンスキーのどの作品よりも革命的である》と。ドビュッシーの管弦楽曲の大作としては、これが最後の作品となりました。初演は1913515日にパリのシャトレ座でピエール・モントゥーの指揮で行われました。 

 庭園でのテニスのゲームをイメージしたこのバレエは、ニジンスキー自身が振付けた作品で、コール・ド・バレエ(群舞、大勢の踊り)もパ・ド・ドゥ(男女ふたりが1組みとなってする踊り)もなく、3人の若い男女がリズミカルな動作をしながら、無言劇風に踊ります。バレエのストーリーは、夕暮れどきの庭園で、テニス・ボールが見失われてしまい、ひとりの若い男性とふたりの若い女性がそのテニス・ボールを探しているうちに、いつしか恋の遊戯に夢中になってしまうという内容で、1幕物の作品です。

 

       

 

ドビュッシー

交響詩『海』~3つの交響的スケッチ

 

 交響詩『海』は、フランス印象主義音楽の大家クロード・ドビュッシーのすべての管弦楽作品中の最高傑作で、ドビュッシー円熟期の1905年に完成されました。ピアノ連弾譜で管弦楽の草稿が書かれており、副題として『管弦楽のための3つの交響的スケッチ(素描)』と添えられていますが、これらは単に海の風景を絵画的に描写したり、物語を述べているのではなく、時間の経過とともに刻々と趣を変えていく表情豊かな海から受ける心象、あるいは実在から受ける感銘、また、波が見えなくても感じる一連の音の印象といったものが、独創的な管弦楽法を駆使して鮮やかに音化されています。この作品の初版の総譜の表紙は葛飾北斎(17601849)の木版画『富嶽百景』のなかの『神奈川沖浪(波)裏』が飾っています。ちなみに、葛飾北斎の作品を最初にドビュッシーに紹介したのは女流彫刻家カミーユ・クロデール(18641943)だったそうです。

 ドビュッシーは、189910月に結婚した妻ロザリー・テクシュ(愛称リリー)のもとを1904714日に去り(しかも「ちょっと煙草を買いに行ってくる」と言ったまま…)、裕福な銀行家の夫人だったエンマ・バルダックと駆け落ちするという事件を起こします。夫の裏切りを知った妻ロザリーは、その3ヵ月後、自殺を図ります。幸い未遂に終わり、命だけは助かりましたが、このスキャンダラスな事件によって数少ない友人たちも、多くのパリの知識人や音楽愛好家たちもドビュッシーから離れていきました。そうしたなかでは音楽創作もなかなか進まず、ドビュッシーがエンマと暮らし始めた1904年にはわずかな数の歌曲とピアノ曲しか書いていませんが、その間も少しずつ作曲の筆を進めていたのが、この交響詩『海』でした。初演は19051015日にパリのコンセール・ラムルーで、カミュ・シュヴィヤールの指揮で行われました。

 曲は、3つの部分からできていますが、それらは有機的に結合されており、それぞれの主題が関連性を持って構成されています。第1部は『海の夜明けから真昼まで』と題されており、導入部のあと、フルートとクラリネットに第一の主要動機が示され、次いでチェロに第二の主要主題が現れます。音楽は、夜明け前の静かな海を描いて始まります。陽が昇るにつれて空が明るくなり、広々とした大海原が陽光に輝く真昼の海の印象を伝えます。第2部は『波の戯れ』と題されています。短い導入部を経て、波と波が戯れているような感じや色彩の変化がデリケートに表現されて、静かに終わります。第3部は『風と海との対話』というタイトルが付けられており、静かな凪や、荒れ狂う嵐、さまざまな表情を見せながら続いていく海と風との対話が表現されています。途中で、第1部、第2部の主要動機も姿を見せます。最後は力強い盛りあがりを示し、全オーケストラの輝かしい響きで全曲が閉じられます。

 

 

                    (c)横堀朱美(音楽評論家)(無断転載を禁ずる)

 

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