大阪交響楽団 2013年度 定期演奏会 曲目解説

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2013年度 定期演奏会 曲目解説

 
 
第181回 定期演奏会   11月28日(木)
高関 健

≪フィンランドの森の妖精たち≫

2013年11月28日(木)19時00分開演

 

シベリウスの交響曲について

 

 シンフォニストという言葉は最近あまり使われないようだが、主に交響曲を作曲する作曲家、という意味である。ウィーン古典派のハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンが確立したと言われる交響曲のスタイルは、ロマン派の時代に入って時代遅れとされ、交響詩という新しい形式や、標題付きによる交響的作品が試された。フランツ・リストは「ファウスト交響曲」「ダンテ交響曲」などを書いている。しかし、19世紀後半には、ブラームス、ブルックナーを初めとして、交響曲の可能性を新たに発掘する作曲家が現れた。ロシアでもチャイコフスキーが交響曲を積極的に書き、ドイツ・オーストリアではブルックナーに次ぐ世代としてマーラーが登場した。そしてチェコのドヴォルザーク、フィンランドではジャン・シベリウス(18651957)が交響曲作曲家として登場してくる。こうした積極的な19世紀末からの交響曲リヴァイヴァルによって、20世紀でもショスタコーヴィチ、プロコフィエフ、ニールセン、ヴォーン=ウィリアムズなど

が素晴らしい交響曲を書くことになる。シベリウスは、19世紀末から20世紀にかけて長い期間にわたり作曲活動を続けた。様々な観点から見て、シベリウスは20世紀における新たな交響曲の可能性を開いたシンフォニストと言える。

 シベリウスは幼い頃からピアノに親しみ、1875年、つまり10歳ごろから作曲を試みていた。ヘルシンキの音楽院ではヴァイオリンと作曲を学び、弦楽四重奏団の第2ヴァイオリン奏者としても活動した。その頃ヘルシンキに滞在していたフェルッチョ・ブゾーニ(18661924)にも指導を受けたという。そしてベルリンへ留学。リヒャルト・シュトラウスの交響詩『ドン・ファン』、同じフィンランド出身のロベルト・カヤヌス(18561933)が、ベルリン・フィルを指揮した

彼の自作『アイノ交響曲』(「カレワラ」に題材を採った作品)を聴く。その後ウィーンにも留学し、ブルックナーの交響曲第3番を聴いて大きな影響を受けた。

 フィンランドへ戻ったシベリウスは標題付きの『クレルヴォの交響曲』(独唱、合唱と管弦楽のための作品)を発表するが、これはカヤヌスの作品に触発されたものという。そして交響曲第1番を189899年に作曲し、1899年にヘルシンキで初演する。その後、シベリウスは、本日演奏される交響曲第7番を1924年に書いた。しかし、交響曲第8番に取りかかるものの、結局は未完に終わっている。交響曲作曲家としては、1924年から亡くなるまでの30年ほど、沈黙のまま過ごしたことになる。

 

 

各作品について

 

舞踏間奏曲「パンとエコー」作品53a

 

 1906年に書かれたユニークな管弦楽作品が「パンとエコー」である。ヘルシンキの新しいコンサートホール建築のための募金活動の一環として書かれた作品だが、そのコンサートホールの計画自体はかなり延期されたという。サブタイトルの「パンとエコー」はギリシャ神話に由来する。パンは牧羊の神として知られる獣人(半分人間、半分動物)で、エコーはニンフ(妖

精)である。神話の中のエピソードでは、歌と踊りの上手なエコーは男性嫌いで、それに怒ったパンは自分の信者にエコーを殺害させ、その遺体を世界中にばらまいたとされる。それゆえ、世界中でエコーの最後の声が「木霊」として聞こえるとされる。

 音楽はゆるやかなワルツ風の楽想に始まり、次第に活発な踊りの音楽に展開して行く。柔らかな木管楽器の響きと、弦などによる少し荒々しい音楽の対比の部分があり、やがて金管楽器が叫び始める。描写的ではないが、ギリシャ神話のエピソードに沿った音楽的展開と考えることも出来るだろう。

 

 

交響曲 第4番 イ短調 作品63

 

 交響曲第1番(1899年)、第2番(1901年)と続けて交響曲を発表したシベリウス。その作品はフィンランド以外でも演奏され、国際的な注目を集め始める。第3番は少し間隔のあいた1907年に完成して初演された。この時期は、国際的な活動と共に、浪費、暴飲暴食、葉巻への嗜好など、都会的な生活の負の側面がシベリウスの生活に現れた。そこでヤルヴェンパー(ヘルシ

ンキ北郊)の田舎住まいに転機を求め、第3番が書かれた。その後1911年にこの第4番を完成、初演している。

 第4番を書くに至る過程で、シベリウスは咳によって喉の状態が悪化し、ベルリンで本格的な治療を受けた。この喉の病気は癌ではなかったようだが、大きな精神的影響をシベリウスに与えることになる。この時期から「死への恐怖」とその幻影、そして生への強い憧れがシベリウスの作品の中に見られるようになる。同時に、フィンランドの自然、特に旅行で訪れたカレリア地方のコリ山での体験も反映されていると言う。

 第4番は全体が4つの楽章から構成されている。古典的な形式感を持ってはいるが、それぞれの楽章の中の主題の提示、展開方法などは、古典的な枠組を逸脱して、自由なものになっている。それを見て行こう。

 第1楽章はテンポ・モルト・モデラート、クワジ・アダージョ。導入部はチェロ、コントラバス、ファゴットによる暗い音楽。シンコペーションによるリズムがいっそう不安定な雰囲気を作り出している。次いで重要なテーマがチェロによって歌われ、金管楽器によるシベリウスらしい和声的なテーマも登場する。その後にヴァイオリンが奏でるテーマには増4度と呼ばれる不安定な音程が含まれる。実は最初の導入部にもこの増4度の音程が含まれており、この音程が作品全

体を支配する大きな要素となっている。木管楽器の歌うモチーフにも増4度が使われ、それが重なって、クライマックスへと向かって行く。

 第2楽章はアレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ。通常の交響曲でのスケルツォ楽章にあたる。オーボエの軽快な主題で始まるが、中間部では暗い影が落ち始め、その部分では増4度の音程が各楽器に登場している。ちょっと謎めいた楽章だ。

第3楽章はテンポ・ラルゴ。シベリウスらしい作曲技法が凝らされた楽章で、冒頭からフルートなどに登場していたテーマが、次第に大きくまとまり、楽章終わりの弦楽器のテーマとなって行く。

第4楽章はアレグロ。第3楽章から一転して、明るい気分で始まるが、それも長続きしない。モチーフが各楽器にバラバラに登場し、それが受け継がれてクライマックスを形成する。この楽章ではグロッケンシュピール(鉄琴の一種)が登場するが、シベリウスの本来の希望はカリヨン(複数の鐘による楽器。鍵盤で演奏する)だった。

 

 

交響曲 第7番 ハ長調 作品105

 

 シベリウスは交響曲第5〜7番をほぼ同時期に構想していたようである。交響曲第5番は1915年に初演されたが、この年はシベリウス50歳の記念イヤーで、その記念演奏会のためにふさわしい作品ということで第5番を完成させた。その後、1918年には第1次世界大戦が終わり、フィンランドはロシアからの独立を達成した。さらに翌年、いろいろな意味でシベリウスを援

助していたカルベラン男爵が亡くなる。そんな時期の作品として、第6番はやや宗教的な色彩を持つ作品として1923年に完成し、初演された。

 さて、交響曲第7番はその第6番に続き、比較的早く1924年にまとめられ、初演されることになる。その初演時には交響曲ではなく、「交響的幻想曲」というタイトルであった。それは単一楽章というかなり変則的な形式による作品だったためだろう。しかし、実際にはその単一楽章の中に、通常の交響曲のようなソナタ形式による部分、緩徐楽章、スケルツォなどの楽章的要素を盛り込んだ作品となっているのである。初演翌年には「交響曲第7番」とタイトルを付けて出版された。第5番などと並んでこの第7番が構想されていた時期には、3楽章形式を取る予定だったとされ、その後、第5、第6と書き進んで行く過程で、第7番には新しいアイディアが盛り込まれたと考えられる。それが交響曲の様々な要素をひとつの楽章に盛り込んだ交響曲というもので、シベリウスの交響曲には常にそうした統合への意欲が感じられたが、それが第7番で

ようやく実現したということになるだろう。

 さて、その単一楽章の中身を言葉で説明して行くのはなかなかやっかいなのだが、試みてみよう。まず、アダージョの序奏部から静かに始まるが、この部分の中にはすでに後に展開されるたくさんの主題が含まれている。最初の上昇するような音型、その後木管楽器で和声的に歌われる音型、弦楽器によるゆったりとした流れを感じさせる音型、その高まりの後に登場するトロンボーン・ソロのテーマがこの交響曲のひとつの核となっている。

 一度オーケストラが高揚した後で、アダージョの2分の3拍子に代わり、4分の6拍子のヴィヴァーチッシモの部分が登場する。ここはスケルツォ的な部分で、その後にまた弦楽器の静かな部分に移り、波のような弦のうなりの上に再びトロンボーンのテーマが登場する。その後、弦楽器と木管楽器の呼び交すような音型となり、アレグロ・モルト・モデラートの部分に入る。それがヴィヴァーチェの部分に流れ込み、プレストとなって行く。このあたりが第7番で最も活発な部分で、トロンボーンにテーマが登場しクライマックスとなる。

 その後、ラルガメンテ・モルトと表記された弦楽器の下降音型から次第に終結部へと向かう。ホルンの雄大な響きが出て、印象的なフルートとファゴットのテーマが奏でられる。その静かな響きの中から、ハ音(この交響曲はハ長調で、その終結の音)が聞こえ、それがドローン(単音の長い音)のような効果を作りつつ、次第に管楽器がそこに合流して終結に向かう。

 

 

交響詩「タピオラ」作品112

 

 交響曲第7番を初演した1924年の翌1925年はシベリウスの60歳を記念する年であった。その頃にいくつかの新作の委嘱を受けていたが、1926年にはこの交響詩「タピオラ」を書き上げる。フィンランドの有名な叙事詩「カレワラ」に登場する森の神タピオ、その彼の領土であるタピオラをテーマにしたものだ。ただ、これは具体的な物語を描いてはいない。一種の象徴としてのフィンランド、その大自然をテーマとした管弦楽作品なのである。初演は1926年ニューヨークで行われた。

 交響曲第7番とほぼ同時期の作品なので、全体の構成法にも似た部分がある。冒頭のティンパニに続いて、ラルガメンテで歌われる「森の主題」が登場し、これが何度も繰り返される。その後に木管楽器によって奏でられる「タピオの主題」が出てくる。またヴィオラとクラリネットによる「タピオの副主題」と呼ばれるものが登場し、「森の主題」の変型の細かな動きが登場する。

 木管楽器に軽快な細かい動きが登場して、交響曲で言えばスケルツォのような役割を果たした後で、「タピオの主題」「森の主題」が変型されて演奏される。しばらくしてフルートの高音域で奏でられる主題が出た後に、金管楽器とティンパニによる荒々しい音楽がその流れを分断するように登場。それが次第に高まったり、また静まったりを繰り返しながら、クライマックスを構成し、最後は弦楽器によって静かに終わって行く。

 フィンランドの自然の中で作曲活動を続け、自然からのインスピレーションをたくさん得たシベリウスらしい管弦楽作品である。そしてシベリウスにとって、1957年に91歳で亡くなるまで、これが実質的に最後の大作となったのである。

 

                              (c)片桐 卓也 (音楽ライター)(無断転載を禁ずる)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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