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2013年度 定期演奏会 曲目解説

 
 
第175回 定期演奏会   4月12日(金)
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外山 雄三
江口 玲
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≪永遠のジュリエット≫曲目解説
2013年4月12日(金)19時00分開演 
 

 

 外山雄三が大阪交響楽団の定期演奏会に3度目の登場となる。今回は最新の自作を含めて多彩な曲目が並んだ。ピアノの名手、江口玲が奏でるベートーヴェンも楽しみだ。

 

外山雄三 : 前奏曲(2012)改訂版初演

 外山雄三(1931- )は現代日本を代表する指揮者で作曲家。外山自身は以前より、自身は単に指揮者でも作曲家でも、またピアニストでもなく「音楽家」なのだと繰り返し表明してきた。
 作曲家としての外山の最もよく知られた作品は、1960年に行われたNHK交響楽団の世界一周演奏旅行にアンコール・ピースとして書かれた《管弦楽のためのラプソディ》(1960)であろう。コンパクトな構成の中に、「あんたがたどこさ」「ソーラン節」「炭坑節」「串本節」「八木節」と民謡が登場する。外山は、それ以前の《小交響曲(Kleine Symphonie)》(1953)から、音楽の素材として日本民謡、もしくは民謡風のメロディを用いていて、その後現在に至るまでこの手法が一貫して外山作品のトレードマークとなってきた。近年は、旋律をそのままの形で用いるのではなく、より抽象化して、響きの組み合わせの中でメロディが息づいていることが多い。もう一つの外山作品の特徴は、ほとんどの管弦楽作品が、打楽器に和楽器が必要なことはあっても、3管編成までの通常のオーケストラ編成で演奏できるということ。それが再演の機会にもつながる。現場を知り尽くした外山でこその配慮だ。
 《前奏曲》2013年1月14日につくば市のノバホール、翌15日には東京芸術劇場で、作曲者指揮の読売日本交響楽団によって初演された。外山が80歳を迎えたことを記念した、ヤマハ音楽振興会による委嘱作品となる。雑誌の連載で外山は「この「前奏曲」を第1楽章に、ゆっくりとした歌を第2楽章に、それに推進力と重量感を兼ね備えた第3楽章を書いて交響曲第5番としたいと計画している(中略)現在の私の持っているもの、考え、感じていることのすべてが表われるように全力を尽くしたい」と記している。本日の演奏は、作曲者自身による改訂版の初演となる。

 
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 最初のオーケストラのための作品は1953年の “Kleine Symphonie”というもので、これは幸運にもN響に初めて客演していたジャン・マルティノンの目にとまって、12月6日の彼の最後の演奏会「マルティノン告別演奏会」で「第九」の前に演奏された。第2楽章に当時、まだあまり知られていなかった「五木の子守歌」の旋律を使ったので、その後も演奏される機会があったが、その「五木の子守歌」がきっかけで以後の私の作品は、しばしば日本民謡や日本の伝統音楽を素材とするようになった。学校を卒業すると同時にオーケストラに入れてもらって、そのまま今日までオーケストラと親しい関係が途切れたことが無いので、オーケストラのための作品は少なくないし、そのどれもが作曲直後に初演されるという幸運に恵まれている。
 この「前奏曲」は現在までの私の作品の集大成という面もあるが、それより、新しい第一歩としての決意表明でもある。恩師有馬大五郎先生がくださった「宿題」を私は長い間、果たせないでいるが、短い言葉を連ねて私に課題をくださった、その中に「何も怖れない」という一節がある。それを今度こそ実現できたかどうか、先生が見ておられると思う。オーケストラの音楽家たちには、ずいぶん無茶な要求もあるし、第一、新作を初演するというのはいろいろ面倒なものである。心からの敬意と感謝を捧げたい。
       ───────────────────── 外山 雄三
 
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ベートーヴェン : ピアノ協奏曲 第3番 ハ短調 作品37

 ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770-1827)は、よく知られるように5曲のピアノ協奏曲を残したが、《第5番「皇帝」》を除くと、あとの4曲は優れたピアニストであった自分自身で弾くために書いた作品である。本日演奏される《第3番 ハ短調》は、1796年から長い時間をかけて、1803年(33歳)に完成した。同じ年の4月に初演されている。ちょうどベートーヴェンは革新的な作風を確立していく時期で、この作品に続いて《英雄交響曲》(交響曲第3番)の作曲が進められることとなる。
 ベートーヴェンが活躍したのは、「ピアノ」という楽器が飛躍的な発展を遂げた時代だ。この《ピアノ協奏曲第3番 ハ短調》の初演後に、ベートーヴェンはより広い音域を持つ新しいピアノを手に入れる。パリのエラール社製のイギリス・アクションを持つピアノが製作者から寄贈されたのだ。このピアノは今まで使っていたものより音域が広く、5オクターブ半あった。また、従来の軽いタッチのウィーン・アクション(跳ね上げ式)ではなく、より複雑な機構を持ち、重さのあるタッチを備えたイギリス・アクション(突き上げ式)が採用されている。このことで、多彩な音色と広いダイナミック・レンジを得ることが可能になったのだ。今日、演奏に用いられている楽譜には、この新機種で初めて実現した高音域でのきらびやかな動きが盛り込まれている。ソナタでは、《ワルトシュタイン・ソナタ》(第21番 ハ長調 作品53)、《熱情ソナタ》(第23番 へ短調 作品57)などがこのピアノで作曲された。ただし、タッチの重さにはベートーヴェンも閉口していて、「ピアノ作品を書くのは嫌だ!」と、エラール社に二度も楽器を突き返して改良を求めたほどだった。
 3つの楽章で構成される。第1楽章〈アレグロ・コン・ブリオ〉は堂々とした構えを持ち、どっしりとした安定感は作品全体を貫くものだ。一転して第2楽章〈ラルゴ〉は牧歌的な表情でメロディが優しく奏でられ、その響きの移ろいには荘厳さも感じる。第3楽章〈ロンド,アレグロ〉は活気に満ちたフィナーレであり、「ずれ」を強調したリズムがユーモラスな印象を与えている。

 

プロコフィエフ : バレエ音楽「ロメオとジュリエット」組曲より

 セルゲイ・プロコフィエフ(1891-1953)の音楽には、暴力的なまでのダイナミズムと甘美なリリシズムが同居しているように感じる。それでいてメロディは、歌い込まれるというよりも、ひんやりと吹き抜ける冷風のようだ。さり気なく大胆な響きが配置され、時として過剰なまでの強奏が現れるが、心の底では醒めていて実は冷静なのだ。プロコフィエフは1953年に亡くなったから、今年2013年は没後60年ということになる。20世紀の半ばには、まだ正真正銘の同時代の音楽だった。
 プロコフィエフは後年著した自伝の中で、自作を5つの路線に整理した。「古典的な線」「現代的傾向」「トッカータ、またはモーター」「抒情的な線」「スケルツォ的」と記されている。こうした要素が彼の作品に混在していることは、聴くだけでも充分に納得できるだろう。3番目の「トッカータ」とは、主にバロック時代に書かれた細かな音形が連なった器楽曲のこと。そこに「モーター」が回転する機械的な運動の表出を加えれば、アイロニー(皮肉)や恐怖までもが表現されるというわけだ。また5番目の「スケルツォ的」とは、諧謔性を持った軽やかな笑いという意味だが、プロコフィエフは「グロテスク」という言葉を嫌って、代わりにこのキーワードを用いた。
 バレエ音楽「ロメオとジュリエット」はプロコフィエフの代表作で、もちろん原作はシェイクスピアの戯曲だ。亡命の後、ソヴィエトへと帰国したプロコフィエフは、当初キーロフ劇場との契約でバレエを書くことになっていた。しかし、約束が破られたために、1934年にはボリショイ劇場のためにバレエを書くことになった。満を持して生まれた作品なのだが、誕生直後は実に不幸な境遇だった。1935年(44歳)の夏に曲は完成したが、「この音楽でバレエは踊れない」と一方的に劇場側から通告されて契約は破棄、結局1938年に別の劇場で上演されるまで、作品は日の目をみることがなかった。やっとのことで初演だけは行われたが、「バレエに関して、プロコフィエフの音楽ほど悲しい物語はこの世にない」とまで言われ、なかなか真価を認められることはなかった。業を煮やしたプロコフィエフはこれらから曲を選んで演奏会用の組曲を編んだのだ。これが《組曲第1番》(1936年初演)と《組曲第2番》(1937年初演)となる。幸いなことにこちらは好評で、皮肉にもバレエの音楽を有名にした。なお《ピアノ組曲》が1937年に、《組曲第3番》がさらに後年の1946年に発表された。もちろん今では、バレエ自体も繰り返し上演されるレパートリーになっている。
 本日は《組曲第1番》と《組曲第2番》から、ほぼストーリーの進行順に8曲が選ばれて演奏される。物語のあらすじと共に紹介しよう。14世紀イタリアの都市ヴェローナでは、二つの名家のいさかいが絶えない[1. モンターギュ家とキャピュレット家]。キャピュレット家の娘であるジュリエットは、とても愛らしい少女だった[2. 少女ジュリエット]。モンターギュ家の後継ぎであるロメオは、キャピュレット家で開かれる仮面舞踏会に忍び込む計画を友人たちと企て[4. 仮面]、そこで出会ったジュリエットと恋に落ちる([3. マドリガル]で、ロメオの主題、ジュリエットの主題が奏でられる)。[5. ダンス]は、バレエの5組のカップルが踊る場面と民衆の踊りの音楽が合わさったもの。ロメオとジュリエットはバルコニーの階上と階下で再会し、互いの愛を確かめた([6. ロメオとジュリエット])。二人は密かに結婚式を挙げたが、今度はロメオの親友マーキュシオが、ジュリエットの従兄弟であるタイボルトに殺されてしまう。怒ったロメオはタイボルトと決闘して仇討ちを果たす[7. タイボルトの死]。ロメオは町を追放されることになるが、ジュリエットはロメオと共に逃走する計画を立てる。睡眠薬で仮死状態になり、死んだと思わせて逃げるのだ。しかし、手違いでロメオにこのことが伝わらなかった。ジュリエットが死んだと思い込んだロメオは毒を飲む。目覚めたジュリエットは、ロメオの死を知って自ら短剣を胸に刺して絶命する。[8. ジュリエットの墓の前のロメオ]では、死の主題と愛の主題が組み合わされる。

(C)小味渕 彦之 (音楽学・音楽評論)(無断転載を禁ずる)

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